いざ征け 強者 日本男児 !! トヨタの皆さん、本当に援軍ありがとうございました。まるで第2次世界大戦のナチスとの戦いに、連合軍へ参戦したアメリカ軍です。みんな、奮起しています。大興奮です。相手の王は安倍晋三だ。相手の守備隊は崩壊している。官邸に一気に攻め上り、みしるしを頂戴つかまつる。真の日本は我らだ。

いざ征け 強者 日本男子・女子

 

トヨタの皆さん、本当に援軍ありがとうございました。まるで第2次世界大戦のナチスとの戦いに、連合軍へ参戦したアメリカ軍です。みんな、奮起しています。大興奮です。相手の王は安倍晋三だ。相手の守備隊は崩壊している。官邸に一気に攻め上り、みしるしを頂戴つかまつる。

真の日本は我らだ!

佐川急便に金を出していた黒幕は、日本経済新聞と西武である。刑法違反で逮捕する。首相官邸にも嫌疑がかかっている。

杉山是清

 

ノーベル平和賞受賞推薦文  「社会の陰の解消」  杉山是清 Nobel Peace Prize of a letter of recommendation of KOREKIYO SUGIYAMA on the Shadow Clearance in japan.

Shadow clearance in Japan

社会には日の当たる場所と日の当たらない陰の場所がある。陰の人々は貧困、差別に苦しみテロ、内戦、などの社会不安の原因になっていた。本推薦は日本において陰の人々をいかに解放し、生活水準の確保を目的として日の当たる場所に導き、社会不安を解消し平和をもたらすかを記している。ロヒンギャ難民問題解決に通ずるモデルケースとなる取り組みである.

 

①アイヌ振興

②在日韓国朝鮮人問題、裁判、殺人未遂

③15年間かけたタクシー業界正常化

④銀座の飲み 屋街の闇

⑤汚物佐川急便45年間の追撃、黒幕・日本経済新聞スキャンダル

⑥山村振興

 

①アイヌ振興

少数民族が自らの文化興隆に立ちあがり、自国の文化と国力の増加を図るという気概を持ち、宗教、言語の尊重はもとより第一次産業、工芸などの文化振興から民族のアイデンティティを支え、少数民族の自立と国との共存共栄を図りながら経済発展につなげていく方途を私は探っている。

私財を投げうって少数民族であるアイヌの人々の文化興隆をギャラリー経営ではかり、また、暮らしにも目をやりギャラリーでアイヌの人々の収益を図ったり、数々の提案をしている。卒業制作が二風谷の イオル事業の施策化と、京橋のギャラリー経営が二風谷の工芸品を経産省の伝統工芸品の指定に導いて、少数民族であるアイヌ文化の地である二風谷を勇気づけている。

アイヌ文化の振興が進みつつある。地道な取り組みが実をむすんでいる。伝統的工芸品の指定を受け、さらに北海道近代美術館でアイヌ美術工芸展が開催された。東京モーツァルトではここ5年間で年に5~6回アイヌ展が開かれている。若者がこぞって展示を行うようになり、文化の継承がうまくいっている。美術工芸が民族の核心になるだろう。二風谷では農林業と工芸が根付いている。林業経営の人材が育って欲しい。阿寒は、観光業である。一層の努力を。都市生活はどうだろうか。札幌は。?ここを何とかしたい。工芸の優位性を活かし職人としての訓練を国のマイスター制度主導で行い、高賃金を確保するのはどうだろうか。教育は?奨学金は出るようになったが、ここも工芸の優位性を鑑み美術工芸大学を誘致したらどうだろうか?デザイン、企画、商品開発などの知的産業が生まれるだろう。工芸の優位性を核にアイヌの未来を考えてみた。

和人ならアイヌの人々をなんとかしなければならない。厳しい差別と貧困に体制になじめなかったアイヌの人々は、今、徐々に心を開き始めている。日本に生まれたことを幸せと思えるような施策を一緒に考えたい。

渋沢敬三先生は、知里真志保を支え、分類アイヌ語辞典を完成させた。だから私は、武蔵野美術大学の分校を二風谷に作りたい。萱野茂さんの夢であり、私の卒業制作のアイディアでもある。シャモ(和人)がアイヌのことを考えたと萱野さんは、感慨深げだった。

ギャラリーモーツァルトを開いて6年目になる。アイヌの工芸品のために開いたギャラリーだ。大学は作れないが、作品の発表の場を東京に持つことはアイヌの人々にとって有意義だと思って建設した。30人位のアイヌの人が展示を行った。 成果がでている。経産省の伝統的工芸品に指定されたり、札幌の道立近代美術館でアイヌの美術工芸品展が開催された。何よりも若い人達が熱心である。継承がうまくいっている。アイヌ造形が民族の核になるだろう。文化保存活用への熱心さは和人も見習うべきだろう。結城幸司さんが5回展覧会を開き、評価が高まってきている。小淵沢のフィリア美術館で2ヶ月の展覧会が開かれた。アイヌの女性もギャラリーで雇った。アイヌの人達が自分達の力でギャラリー運営ができるようにと。

アイヌの人達と深い関わりを持つようになったのは萱野さんの『アイヌの民具』の刊行をお手伝いするために民具の実測図を描きに一ヶ月二風谷で合宿をした時からである。朝8時から夜中の12時まで描きまくった。考古学研究会に所属していたので狩猟採集民文化に夢中になった。建築学科の学生だったので卒業制作に二風谷の未来を図面化した。半年間二風谷のことを考えた。題は「コタンとイオル」である。二風谷に美術大学と博物館、住宅、道路、土地利用を考え、図面にした。狩猟採集民だったのでイオルというアイヌの人々の山利用の計画も考えた。アイヌの人々の造形的優位性ゆえに美術大学を村開発の中心に据え、工芸と農業と林業を生業とする村づくりである。狩猟採集から現代に適応する方途として美術と農林業を選択した。イオルは現在、イオル事業として実施されている施策であり、若い人が村に残ることができている。二風谷の人達が喜んでくれた。縁が深まった。

しかし、その後どちらも裁判沙汰になってしまった。二風谷は二風谷ダム建設で私の方は地上げで最高裁まで争った。これらのせいか二風谷の人達の気持ちはよくわかる。お互いが思いやれる。クラブツーリズムのツアーのお客様には二風谷ダムとアイヌ語学校をぜひ見て欲しい。

私の故郷、東京京橋にはアイヌ文化交流センターがある。二風谷に行き、萱野さんのお手伝いをし、半年かけて二風谷の卒業制作をやり、お互い裁判もやり、私の故郷京橋にアイヌのためのギャラリーを開き、交流センターもすぐそばにあると、アイヌの人々が身内のように感じる。厳しい差別だったなかでも僕のようなシャモ、シサムもいることを忘れないで欲しい。アイヌの民具実測図集が発刊された。相澤韶男先生と武蔵野美術大学生活文化研究会によるものである。萱野さんのアイヌの民具と国の有形民俗文化財の指定を受ける際に必要とされた図面集である。アイヌの物質文化研究が進むだろう。

クラブツーリズムが二風谷にゆったりプラン4泊5日のツアーを実施する。クラブツーリズムの親会社は近畿日本ツーリストであり、ツーリストの研究機関が宮本常一先生が所長であった日本観光文化研究所であった。ツアー実施決定に際し、この人脈を使った。うまくいってくれてよかった。クラブツーリズムのお客様はいい方達でしょう。二風谷の人達は友達になったらいい。旅人が思い思いの二風谷を楽しんで欲しい。地元も私も力んでいたので肩透かしを食ったようであるが旅を楽しむにはこういうツアーもいいだろう。

二風谷がブレイクしている。フィアット、大和和装、梅田阪急、新宿伊勢丹との取り引きが始まっている。てんてこ舞いである。ゴールデンカムイも好評連載中である。

 

東京のアイヌはどうしたらよいだろうか?東京のアイヌの人達のことを考える。生活水準を上げるには?会社を作ったらどうだろうか?二風谷の工芸品を始めとするアイヌ文化のモノやコトを企画・販売する東京事務所だ。

京橋杉山ビルに事務所を構えるのも一考だ!果たして採算があうだろうか?毎月100万円売り上げるには?

アイディア次第だろう。裾野を東京アイヌ全体に広げ工芸品の制作を行ない賃金を得ることを始めとし、東京を拠点にデザイン・企画・プロデュース、イベント北海道物産販売なんでもやる。アイヌ関係はすべてここを通す。総代理店である。人材がいなければ慶大生に手伝ってもらおう。

会社名は(株)アイヌモシリでは?文化創造カンパニーである。文化で食えるだろう。

 

②在日韓国朝鮮人問題、裁判、殺人未遂

バブル期に地上げに遭い嫌がらせを散々された。これを逆手に取り、嫌がらせの正体を探ると社会の闇が現れた。その原因である差別解消を目指す。社会の闇の原因である民族的、歴史的、などの差異を越えて信じ合えるやさしい社会を作るために、悪いことは悪いと認め、当事者間が社会的存在になり、お互いを認識し互いの立場を理解することで差別はなくなる

第一勧業銀行銀行と商工中金はこの30年、不正を繰り返している。バブル期には先頭を切って地上げ屋に過剰融資をし 、地価高騰の元凶となり、庶民のマイホームの夢を奪い去った。 金融国家を目指すべく金融資本の暴走を画策し、日本の進路を誤らせた。 総会屋に対する反社会的融資も問題になった。 2回のATM不祥事 そして今回の暴力団組員への反社会的融資である。 私達家族はみずほ銀行(当時第一勧業銀行)により苦渋を舐めさせられた。当時、京橋はバブル発祥の地とされ、満井忠夫(済州島出身、逮捕留置中)率いる三正による執拗なまでの地上げがおこなわれていた 。父親は就寝中にガラスを割られ頭を狙われ命を狙われた。犯人を捕まえ逮捕した。この殺人地上げ屋に最も融資を行っていたのが第一勧業銀行麹町支店である。私は地上げ屋が所有する土地を一筆一筆調べ、法務局に行き登記簿謄本により抵当権を友人とともに調べ、集計した。最融資元が第一勧業銀行麹町支店だった。友人は第一勧業銀行麹町支店に出向き、融資を閉めるよう抗議に行ったが、支店長は面会を拒絶した。その後、第w)€ョ豐・閥箙垤軣・拇垢惑兩笋箸覆辰拭・・€凾タ地上げにあって20年たって解決した。地裁でインチキ弁護士にひっかかり敗訴、高裁でさくら共同法律事務所の弁護で逆転勝訴、最高裁判所の判決がでるまで7年かかった。地上げ屋への銀行融資額集計リストを地裁判決の記者会見で発表すると翌日には株価が暴落した。バブルをはじいてやった。 渋沢栄一、渋沢敬三が道をつけた日本資本主義は、着実な道を歩む。

 

③15年間かけたタクシー業界正常化

山の手線内を15年間歩いた。大手町2年半、銀座の飲み屋街2年半である。タクシー7~8台に待ち伏せされて後をつけられた。税務大学校前での事である。そうやって気付かせ、東京無線タクシーすべてを敵に見せ、精神衰弱を誘うのだろう。私には在日韓国朝鮮人にたいする差別意識はなかったのでなんでもなかった。こんな事をやってるから差別されるんだろうと思った。同時に差別解消にはこれをやめなければならないと考えた。これをやめれば差別がなくなるとも。日本交通の品川と千住営業所やkm交通の千住、浅草の営業所にも立ち黄色を見せた。4度5度と。殺人不動産業者満井忠夫は罰せられたので気にならなかった。タクシー業界は正常化してきている。日本交通、km、東京無線などが心を合わせているみんな喜んでいるだろう。差別がなくなるのだから。今度は日本国が一歩踏み出さなければない。タクシー業界のために知恵を出し合っている。警察と協力してハザードランプの黄色の衣服を着てパトロールを続け指導する。さらに運送、タクシー会社に反省を求め、許し、その上に立って慈悲の心により差別の根絶を図る。

 

④銀座の飲み 屋街の闇

西五番街通、を入り最初に銀座の 入り口のバー、ロートレックの黒服にチェックを入れる。一方通行を逆行して一定方向に並木通り、金春通りを抜け、元に戻るのを繰り返す。10時半ごろから朝2時半ごろまで黄色着て歩くのである。ノンストップである。2年半の間、土日を除く毎日歩いた。1時になるとタクシーが列をなして入ってくる。白タクも止まっている。タクシー運転手に黄色を見せるのである。チェッカー無線タクシーを見かけると勇気が出てきた。

国税庁が銀座の女王と呼ばれるバーのマダムを摘発した。銀座の闇のネットワークが寸断された。光は銀座からである。ロートレックも廃業になった

若い人へ   夜の銀座の午前3時のバックアップ          銀座を歩いて2年半後出合いいがしらに猛スピードのバンにはねられそうになった。

あの瞬間を見てくれた2人、元気ですか?君達がいなければ、もう少しで犬死でした。ありがとう!幸せな結婚をしてくださいね。銀座通りであいましたね。俯き加減の彼女、元気ですか?全然眠くなさそうだった彼も元気ですか?_おかげさまで僕はご存じの通り元気にやっています。警察をさらに信用しています。Gメンもがんばれ!心して行け!! また、どっかで会いましょう。昼の銀座がいいかな!

やってよかった!!

 

⑤汚物佐川急便45年間の追撃、黒幕・日本経済新聞スキャンダル

佐川急便に45年間つきまとわれている。日曜日を除く営業時間中毎日である。25年間我が家の前のパーキングに停めた。その後ギャラリーの前にも停めている。8年間である。店の中を覗く、睨みつける、注意すると佐川急便の運転手松本は殴る、10数回蹴られた。伊藤は台車をぶつけた。傷害罪である。これに対し45億円の損害請求、慰謝料請求訴訟を準備中である。日通も西濃もよくなった。運輸業界は正常化してきているが残る粗大ゴミは佐川急便である。警察は佐川急便の悪事の裏を取っている。日本経済新聞が黒幕と言っている。刑法違反の暴対法違反と共謀罪法違反である。逮捕する。組織的犯罪者集団であり、元暴力団員を雇い、45年間つきまといを続けている。女性も狙っている。中目黒銀座のマンションの前で女性の帰りを待ち伏せするようにトラックを停めるのを何回も警備した。飯田橋ケンブリッジイングリッシュスクールに通う学生の個人情報をスクールを脅かし譲り受けていた。私は受け渡し現場を目撃し、ドライバーも職員も識別できる。生き証人である。東証は、上場を認めれば佐川急便と同罪になり社会、警察の恨みを買うぞ。東証にも倫理感はあるだろうな日経平均が下がるぞ。木曽福島で3回、高山市朝日村で1回、越後湯沢で1回佐川のトラックに付け回された。電車に乗って私立探偵が尾行するのである。

 

俺が記事を書くと株価が上がる。まあ、それはいい!俺の機嫌を損ねるなよ!王党よ

しかし、佐川急便とその黒幕日本経済新聞の株価は下げろ。独歩安にしろ!

 

佐川急便を社会から消し去る。私は45年間、佐川急便と向かい合っている。佐川の張り番である。付きまといも受けている。ここ2~3年は毎日のように昼休みになると来襲して来る佐川急便の5~6台の車にスクランブルをかけている。車道を黄色を着て歩くのである。佐川急便の車番を取り、顔と名前を覚え、相手の体調までわかる。定点、定時捜査である。車道を歩いていて佐川急便にはねられそうになったこともある。「はねるぞ!」と威嚇されている。

 

⑥山村振興

山村は貧しく陰の場所である。しかし、国土の70%は山間地である。この有効利用が日本の命運を左右する。対象地である岐阜県高山市高根町日和田地区は隔絶山村であり、人口は200人弱の限界集落である。古くからのわらび粉生産の伝統産業もすたれ、文化だけでなくコミュニティも衰退しつつある。

本事業は、過去において貴重な現金収入源であり、重要民俗であったわらび粉とわらび縄の復活を中心に、牧野という山地利用の一形態を追及し、そこに展開される文化の価値と生産の価値の両者を合わせ持った高収入源の特産品を、町民の所得向上と山村文化問題の解決をはかる目的で、都市が望む本物を生む山村という新しい価値を創出することにより、山村と都市の本物欠如の脆弱性の打破につなげ、山間地の有効利用の施策の策定を目的とする。

日和田地区は日本全国の山村と同様に人口減と高齢化によって限界集落になっている。産業は、土地が狭小であり標高1300m前後で稲作は困難である。そのため、収入源は限られ、畑作では狭小な土地で飛騨ホウレンソウ、高根コーンの高冷地野菜と稗や火畑蕎麦などの雑穀を生産している。その中にあって、日和田地区では1000年の歴史ある放牧地で展開されていた日本の農耕の起源を示唆するわらび粉生産が細々と継承されている。わらび粉は昭和時代は高価に取り引きされてきたが今はすたれてしまい、復活を試みているところである。わらび粉生産を高冷地野菜栽培とともに主産業にするもくろみである。一般には本物のわらび粉生産がなくなり、純粋なわらび粉が使用されていない、まがい物が広くでまわり、わらび粉を使用した食文化が失われている。そのような中で一部の高級料理店や和菓子店では本物のわらび粉を使用した料理などが提供され食文化の復活が図られてきている。食材としての本物のわらび粉が求められているが、提供できる生産者は極めて少ない。飛騨のわらび粉は本物生産をめざして、伝統的な本物のわらび粉の生産の文化(技法や工程、繁殖方法)を復活させ安定供給を図る。古くから御所や二条城、修学院離宮の垣縄として利用されてきたわらび縄は、全国の山村で生産されていたがすたれ、文化財の修復に困難をきたしている。わらび縄の供給を増やさなければならない。わらび縄の製縄術は日和田が日本最後の伝承地である。これを継承し、利用を促進することにより収益となる。また、わらび糊にも利用され国宝の古い日本画の修復などにも使われる。国の宝である文化財保護につながり町民の誇りとなり、山村の山地の有効利用につなげ全国の山村振興を促進する。

山村の荒廃は文明の危機である。文明の興亡は山利用とのバランスにかかっている。その復活は、わらび粉にみられるように、文化の探究から生み出される本物の価値を広く普及させることであり、学問の社会化と新しい価値を生み出すことにある。山村と都市の結びつきのなかで、本物の価値欠如による脆弱性を打破し、文化の探求による、本物の産出という山村の新しい価値を生み出すことは、両者の相互依存を密にし、そのことは、 脆弱な、都市文明と山村になっていくなかにあって、山村と都市の両者を同時に成り立たせる方策となる。本物の価値の追求は山村と都市の重大課題である。このままでは山村が見捨てられ都市も衰退する。学問による文化の多様性の追求が山村という新しい価値を生みだし、それが、都市を支え文明を生み育てるという観点に立ち、文明の難題を解決する。

 

杉山是清

 

佐川急便に金を出していた黒幕は、日本経済新聞と西武である。刑法違反で逮捕する。

Dear Xi Jinping ! Could you remain a baby panda in Ueno Zoo whose name is shān shān(杉山) over two years?

KOREKIYO SUGIYAMA   杉山是清

Nobel Peace Prize of a letter of recommendation of KOREKIYO SUGIYAMA for the Ainu Minority

 

Minorities have a spirit of rising their own culture and support national strength , I will continue to develop ways to lead independence and coexistence and co-prosperity with the country while leading to economic development.

In addition to respecting religion and languages ​​as well as cultural promotion of primary industries and crafts, the ethnic identity is supported,through spending money on private property, I cultivate cultural excitement of people in ethnic minorities such as the Ainu gallery management,I also look for living and benefits for the Ainu people ‘s profit in the gallery and make a number of proposals. Graduation production brought the policies of the Iol business in Nibutani in Hokkaido and the gallery management  received Nibutani crafts to the designation of traditional crafts of the Ministry of Economy, Trade and Industry. The land of Ainu culture which is a minority ethnic group in Nibutani, which I have been supporting.

If we are Japanese, People must manage Ainu people. Ainu People who have not resorted to severe discrimination and poverty have begun to gradually open their minds. I would like to think about policies that could be created in Japan together to make the Ainu people happy.

Keizo Shibusawa supported Professor Mashiho Chili and completed the classification of the Ainu dictionary. That’s why I would like to build a branch at Musashino Art University in Nibutani,which was Shigeru Kayano’s dream, it is also my idea of ​​graduation production. Mr. Kayano said that Shamo (Japanese) thought about the Ainu.

It’s been 8 years since I opened the Gallery Mozart. It is a gallery opened for Ainu crafts. Although I can not build a university, I opened it to think that it is meaningful for Ainu people to have a place of presenting works in Tokyo. About 30 Ainu people were exhibited. Results are going out. Designated as traditional craftwork of the Ministry of Economy, Trade and Industry, and Ainu Art and Craft exhibition was held at The Hokkaido Museum of Modern Art.Young Ainu people are more enthusiastic than ever.Successful inheritance. Ainu modeling will become the core of ethnic groups. Japanese people should also follow the enthusiasm for cultural preservation and utilization. Koji Yuuki held seven exhibitions and the evaluation is getting higher. An exhibition for 2 months were held at the Philia Museum in Kobuchizawa. An Ainu women was also hired at my gallery. The Ainu people should be able to manage the gallery with their own power.

I became to have a deep involvement with the Ainu people since I camped in Nibutani for a month to draw actual measurement charts of folk implements to help Mr. Kayano ‘s 『Ainu tools』 I drew them from 8 in the morning until midnight. I belonged to the archeology workshop so I became interested in hunter gatherer culture. Since I was a student of the Department of Architecture, I made a drawing of Nibutani’s future of graduation production. I thought about Nibutani for 6 months. The title is “Kotan and Ior”. I thought of art university and museums, houses, roads and land use in Nibutani, I made a drawing. And as they were a hunter gatherer, I also thought about a plan to use mountains of Ainu people called “ior”. Due to the shaping advantage of Ainu people, art university are set as the center of village development, making villages with crafts, agriculture and forestry for living. I selected art and agriculture and forestry as a way to adapt from hunter gathering to modern times. “Ior” is currently implemented as an “ior”business, young people are able to remain in the village. The people of Nibutani were pleased. The relationship got deeper.

However, after I tried to judge to the Supreme Court by land speculation.Nibutani fought up by raising up at the Nibutani Dam Construction. I can understand the feelings of those in Nibutani very well. I can understand each person. I’d like you to see the Nibutani Dam and the Ainu language school .

In my hometown, Tokyo Kyobashi there is the Ainu Cultural Center. I went to Nibutani, helped Mr. Kayano, graduation work of Nibutani for over 6 months, and also tried to judge each person, opened a gallery for Ainu in my hometown Kyobashi, and the Curutural center is nearby, I feel like Ainu people are realatives.Even though it was severe discrimination ,do not forget that there are also “chamos and sisamu” like me.

『The Ainu tools’s actual instruments drawing collection』 was published. Mr. Tuguo Aizawa and Musashino Art University Study Group on Lifestyle and Culture. It is a collection of drawings required for receiving Kayano ‘s 『Ainu tools』 as folk implements and 💮national tangible folk cultural properties. Ainu research on material culture will advance.

Club Tourism International Inc relaxes in Nibutani and carries out a tour of 4 nights 5 days. The parent company of the club tourism is the Kinki Nippon Tourist, and the research institute of for tourists was the Japan Tourism and Culture Research Institute, which was the director of Prof.Tsuneichi Miyamoto. I used this personal network when I decided to make a tour. I am glad that it worked. The members of the Club tourism will be nice people. Sot he people of Nibutani should be friends. I want the travelers to enjoy the thoughtful Nibutani.

Nibutani is becoming popular Dealings with Fiat, Yamato Kimono, Umeda Hankyu Department Store.Shinjuku Isetan Department Store are beginning to sell Nibutani items.They are very busy now.『Golen Kamui』 is also on a popular series.Let’s create an outdoor art museum in Nibutani and open the International Art Festival. You can produce artists like Sunazawa Viki. We will spread the art of Nibutani to the world of art and make it internationally recognized. how about that? Crafts, design, planning and related industries will improve

What should I do with the Ainu in Tokyo? Think about the Ainu people in Tokyo. How can I improve their standard of living? Why don’t we make a company? It is a Tokyo office that plans and sells Ainu culture and things like Nibutani crafts.It’s a thought to have an office in the Kyobashi Sugiyama building! Will it become profitable?How to sell 1 million yen each month?It depends on the idea. Start spreading footwear throughout Tokyo Ainu, making arts and crafts and getting wages, designing, planning, producing, event, event of Hokkaido based in Tokyo Anything can be done. we will pass all of Ainu related things here. It will be a agency. If they do not have talent, let Keio students help them.

Could the company name be Ainu Moshiri Co., Ltd.? It is a culturelly created company. They can manage it in their culture.

Ainu people lead cultured nation Japan and world.

 

Japan Investigation Center for Cultured Nation

KOREKIYO SUGIYAMA

 

 

 

Nobel Peace Prize of a letter of recommendation of KOREKIYO SUGIYAMA for the Ainu Minority.

翻訳

少数民族が自らの文化興隆に立ちあがり、自国の文化と国力の増加を図るという気概を持ち、宗教、言語の尊重はもとより第一次産業、工芸などの文化振興から民族のアイデンティティを支え、少数民族の自立と国との共存共栄を図りながら経済発展につなげていく方途を私は探っている。

私財を投げうって少数民族であるアイヌの人々の文化興隆をギャラリー経営ではかり、また、暮らしにも目をやりギャラリーでアイヌの人々の収益を図ったり、数々の提案をしている。卒業制作が二風谷の イオル事業の施策化とチプサンケのお祭りのアイディア、京橋のギャラリー経営が二風谷の工芸品を経産省の伝統的工芸品の指定に導いて、私は、少数民族であるアイヌ文化の地である二風谷を勇気づけている。

アイヌ文化の振興が進みつつある。地道な取り組みが実をむすんでいる。伝統的工芸品の指定を受け、さらに北海道近代美術館でアイヌ美術工芸展が開催された。東京モーツァルトではここ8年間で年に5~6回アイヌ展が開かれている。若者がこぞって展示を行うようになり、文化の継承がうまくいっている。美術工芸が民族の核心になるだろう。二風谷では農林業と工芸が根付いている。林業経営の人材が育って欲しい。阿寒は、観光業である。一層の努力を。都市生活はどうだろうか。札幌は。?ここを何とかしたい。工芸の優位性を活かし職人としての訓練を国のマイスター制度主導で行い、高賃金を確保するのはどうだろうか。教育は?奨学金は出るようになったが、ここも工芸の優位性を鑑み美術工芸大学を誘致したらどうだろうか?デザイン、企画、商品開発などの知的産業が生まれるだろう。工芸の優位性を核にアイヌの未来を考えてみた。

和人ならアイヌの人々をなんとかしなければならない。厳しい差別と貧困に体制になじめなかったアイヌの人々は、今、徐々に心を開き始めている。日本に生まれたことを幸せと思えるような施策を一緒に考えたい。

渋沢敬三先生は、知里真志保を支え、分類アイヌ語辞典を完成させた。だから私は、武蔵野美術大学の分校を二風谷に作りたい。萱野茂さんの夢であり、私の卒業制作のアイディアでもある。シャモ(和人)がアイヌのことを考えたと萱野さんは、感慨深げだった。

ギャラリーモーツァルトを開いて8年目になる。アイヌの工芸品のために開いたギャラリーだ。大学は作れないが、作品の発表の場を東京に持つことはアイヌの人々にとって有意義だと思って建設した。30人位のアイヌの人が展示を行った。 成果がでている。経産省の伝統的工芸品に指定されたり、札幌の道立近代美術館でアイヌの美術工芸品展が開催された。何よりも若い人達が熱心である。継承がうまくいっている。アイヌ造形が民族の核になるだろう。文化保存活用への熱心さは和人も見習うべきだろう。結城幸司さんが5回展覧会を開き、評価が高まってきている。小淵沢のフィリア美術館で2ヶ月の展覧会が開かれた。アイヌの女性もギャラリーで雇った。アイヌの人達が自分達の力でギャラリー運営ができるようにと。

アイヌの人達と深い関わりを持つようになったのは萱野さんの『アイヌの民具』の刊行をお手伝いするために民具の実測図を描きに一ヶ月二風谷で合宿をした時からである。朝8時から夜中の12時まで描きまくった。考古学研究会に所属していたので狩猟採集民文化に夢中になった。建築学科の学生だったので卒業制作に二風谷の未来を図面化した。半年間二風谷のことを考えた。題は「コタンとイオル」である。二風谷に美術大学と博物館、住宅、道路、土地利用を考え、図面にした。狩猟採集民だったのでイオルというアイヌの人々の山利用の計画も考えた。アイヌの人々の造形的優位性ゆえに美術大学を村開発の中心に据え、工芸と農業と林業を生業とする村づくりである。狩猟採集から現代に適応する方途として美術と農林業を選択した。イオルは現在、イオル事業として実施されている施策であり、若い人が村に残ることができている。二風谷の人達が喜んでくれた。縁が深まった。

 

しかし、その後どちらも裁判沙汰になってしまった。二風谷は二風谷ダム建設で私の方は地上げで最高裁まで争った。これらのせいか二風谷の人達の気持ちはよくわかる。お互いが思いやれる。クラブツーリズムのツアーのお客様には二風谷ダムとアイヌ語学校をぜひ見て欲しい。

私の故郷、東京京橋にはアイヌ文化交流センターがある。二風谷に行き、萱野さんのお手伝いをし、半年かけて二風谷の卒業制作をやり、お互い裁判もやり、私の故郷京橋にアイヌのためのギャラリーを開き、交流センターもすぐそばにあると、アイヌの人々が身内のように感じる。厳しい差別だったなかでも僕のようなシャモ、シサムもいることを忘れないで欲しい。アイヌの民具実測図集が発刊された。相澤韶男先生と武蔵野美術大学生活文化研究会によるものである。萱野さんのアイヌの民具と国の有形民俗文化財の指定を受ける際に必要とされた図面集である。アイヌの物質文化研究が進むだろう。

クラブツーリズムが二風谷にゆったりプラン4泊5日のツアーを実施する。クラブツーリズムの親会社は近畿日本ツーリストであり、ツーリストの研究機関が宮本常一先生が所長であった日本観光文化研究所であった。ツアー実施決定に際し、この人脈を使った。うまくいってくれてよかった。クラブツーリズムのお客様はいい方達でしょう。二風谷の人達は友達になったらいい。旅人が思い思いの二風谷を楽しんで欲しい。地元も私も力んでいたので肩透かしを食ったようであるが旅を楽しむにはこういうツアーもいいだろう。

二風谷がブレイクしている。フィアット、大和和装、梅田阪急、新宿伊勢丹との取り引きが始まっている。てんてこ舞いである。ゴールデンカムイも好評連載中である。

東京のアイヌはどうしたらよいだろうか?東京のアイヌの人達のことを考える。生活水準を上げるには?会社を作ったらどうだろうか?二風谷の工芸品を始めとするアイヌ文化のモノやコトを企画・販売する東京事務所だ。

京橋杉山ビルに事務所を構えるのも一考だ!果たして採算があうだろうか?毎月100万円売り上げるには?

アイディア次第だろう。裾野を東京アイヌ全体に広げ工芸品の制作を行ない賃金を得ることを始めとし、東京を拠点にデザイン・企画・プロデュース、イベント北海道物産販売なんでもやる。アイヌ関係はすべてここを通す。総代理店である。人材がいなければ慶大生に手伝ってもらおう。

会社名は(株)アイヌモシリでは?文化創造カンパニーである。文化で食えるだろう。

アイヌが文化国家日本と世界を導く。

 

文化国家日本研究所

杉山是清

 

 

市場は俺を待っている。

日本のお荷物である安倍晋三よ!

早く身を引け、見苦しい!

株価は安倍失脚を織り込み済みである。王、杉山の出番を待っている。

 

Dear Pope! We should have held a Religion Conferennce !

Dear Pope!

We should have held a Religion Conferennce for World Peace in the Middle East or Asia.

Rohingya people refugees would’nt have happened.

Pope! Could you plan to hold  the religion conference for world peace in Jerusalem(・・ gathering Islam(Sunni and Shia),

Hinduism,,Buddhism,Judaism and Christianity including Rohingya people.

 

Japan Investigation  Center for Cultured Nation

KOREKIYO SUGIYAMA

 

東北に光を !

自然エネルギー電力源地帯を東北に作り日本の電力供給源基地とし、アメリカのTVAを見習い、公共事業を興し雇用と景気浮上により新産業による東北地方振興をはかる。

豊富な電力を基に新産業である日本イノベーションセンターの地を東北に作ろう。北上川の水運を使う。

 

文化国家日本研究所

杉山是清