わらび粉の歴史    -縄文中期農耕論=日本の農業の起源ー

わらび粉が、縄文中期文化の主食であり、日本の農業の起源を示す食料であるという研究をしているオーナーは実践する人類学者です。

八ヶ岳南麓井戸尻大遺跡群縄文中期には安定した華やかな文化が花開いていました。でも、主食の植物がなんであるかわかっていません。隣接の遺跡では^_^カリント状炭化物という遺物が出土しています。わらびの地下茎です。私が同定しました。パン状炭化物という遺物も出土しています。科学的分析は済んでいませんが、同じような形状をしたわらび餅の食べ方が日和田に残っています。餅なので主食という意味があると思っています。

また、日和田のわらび根採取では親子3人の75日の稼働で3人の300日分のカロリー摂取ができ、さらにわらびの地下茎が出土し、餅状の遺物が発見されてることと、土掘り具としての打製石斧の急増、農耕の起源の一類型である根茎類採取であり、その採取技術が農耕の原初的姿を示してることを考え合わせると、わらび粉は主食であり日本の農業の起源であるという仮説に到達しました。文化の研究を実践を通して幅広く深めています。

『民具マンスリー』48(2) 2015 日本常民文化研究所 「わらびの地下茎採取活動からみた縄文中期農耕社会」.杉山是清

杉山是清論文 『民具マンスリー』2015.5 第48巻2号

 

火焔型土器は「火」と「わらび」の造形

火入れの後に発芽するワラビの群生は壮観である。火炎土器はこの様を写実的に表したものではないだろうか?火とワラビのつながりである。火炎土器は、ワラビの生命力への畏敬と再生を祈る縄文人の自然観や生命観という祈りを現しているというのが本旨である。

福島県立博物館所蔵の火炎土器の胴部には逆U字状隆線文に密生した写実的なワラビ芽の造形がみられる。隆線文はわらびの芽ではないだろうか。口縁の 鶏冠状把手、 鋸歯状突起は炎を表現しているものであろう。頸部と胴部上半部にはS字状隆線文および渦巻状隆線文は、ほむら上部の空気の乱れや撹乱、陽炎のような現象を表しているのだろう。 新保・新崎式土器は半載竹管による半隆起線文によって描かれた文様を特徴としている。大木7b式土器は、頸部がくびれ、口縁部が外反する器形であり、口縁部には四つの把手が付き、波状口縁となる。 火炎土器は、胴部には半隆起線文を密に施すという技術は新保・新崎式土器や、器形と四つの把手を基準とした四単位の文様構成は大木式b式土器から影響を受けたと考えられる。

ワラビは山菜やわらび粉澱粉につかわれ、山住みの生活には欠かせない。飛騨ではわらび粉採取により300日分のカロリーが摂取でき、主食の可能性がある。日本の農業の起源であろう。

縄文人は、 火入れによるワラビの群生する初期生長の発芽を見てその急激性ゆえ、火入れとわらびの発芽の因果関係にみられる火への神秘性とワラビの生命力に畏敬の念を抱き、火による誕生と再生を実感し、生命維持のために山菜や澱粉が使われるに及んで命を支えているという点で畏敬の念を火とわらびにいだき、これが火炎土器の造形を生み出し、縄文人の生命観である祈りを表しているのだろう

 

杉山是清 John