実践民俗学3 山村振興の計画書 —山村という新たな価値—

日本の歴史上の希少価値生業民俗であるわらび根掘りの調査、復活、保存、活用、継承に人類学者生命をかけている。私がやらなければやるものがいない。使命である。こんな貴重な民俗はない。

実践という文言を使い、民俗の活用・継承に意を払うならば単なる学問の範疇だけでなく、実業の世界に踏み出さなければならない。人類学に留まっていれば活用・継承には至らない。営業もやれということである。実業の世界と学問の世界を繋ぐ学問が実践民俗学である。消えゆく民俗を手をこまねいて感傷に耽って見てる場合ではない。人類学者ならなんでもやれ!お金が必要であれば基金をつくったらどうだろうか?

人類学者として調査をやりその民俗を熟知し、プライドが生まれれば営業しても相手が話しを聞いてくれる。学問で養った誠実さと粘り強さである。また、人類学は歩く学問である。貴重な民俗継承のためだと思うと歩くことも営業や各種試算も苦にならなかった。学問的価値がわからないと力が湧かなかっただろう。これがエネルギーとなっているのでなんでもできる。プロジェクト全体を動かすことは私にしかできないかもしれない。

村人は営業をとって来たことをことの他喜んだ。村が湧いた。これが村の力になるんだと思った。誰もがああすればいい、こうすればいいという。でもこの一歩を踏み出すのが仕事だった。3つも営業を取った時、私も村人もプロジェクト成功の第一歩を踏みだしたと確信した。

 

新たな価値となる山村は、文化の掘り起こしと活用により山村の新しい価値を生み、文明の危機である森林資源の荒廃による、山村の経済の脆弱性と都市の脆弱性の両者を文化の掘り起こしにより森林草原の有効利用をはかることによって救い、生態系サービスの草原の再活用による在来知のわらび粉生産とわらび縄生産による経済達成とコモンズの醸成により新しい価値を生みだす。 経済の独立とコミュニティの強化は社会の自立性を高め地方自治の根本になり、、これによって小単位でかつ高価値ゆえの高価値・高濃度となり、地方自治の一単位である山村が新しい価値になり、この結果、コミュニティとしてお互いを支え合うことでこれらは、社会保障問題も解決できるというモデルケースとなるだろう。 Ⅰ.    目的 日本の国土の70%は山間地である 。山村はその機能保全の役割を担ってきた。しかし、今、山村の疲弊が急速に進み山間地は機能不全に陥いりつつある。本計画は、国土の有効利用を図るため、山村における放棄された中世以来の伝統ある共有牧野の有効活用による生態系サービスの回復を通して在来知であるわらび粉生産の復活をはかり、産業の振興という生活基盤の安定化と、共有地ゆえの地域住民レベルでの資源保全の有効な手法として,または地域共同体(コミュニティ)のあり方そのものとして、これらのコモンズを通した産業の振興と共有牧野の管理利用を村落共同体強化という物心両面にわたった活性化に基づいた自立的社会保障の萌芽を目指すことによって山村の危機を救い、しいては国土の保全を計るというものである。    対象地域となる岐阜県高山市高根町日和田は高山市街から50分の距離にあり、御嶽山の標高1300mの隔絶山村である。調査地点は、日和田から30分の距離御嶽山の標高1500mの高地高原のオバコ牧場である。    本計画は調査、実践からなる。 調査活動において杉山らは、大学、大学院時代に宮本常一先生、川喜田二郎先生の指導、薫陶を得て、かつ安家プロジェクト岩手県岩泉町安家、北上プロジェクト岩手県遠野市附馬牛町の調査を行なった。いずれも山村活性化のための調査であり、杉山の調査結果は筑波大学修士課程環境科学研究科修士論文にまとめられている。また、90日間をかけ原付に乗り3500kmを走破して西日本の山村においてワラビ粉生産と山村生活調査を行っている。        飛騨地方のワラビ粉調査は、遠野市附馬牛町の調査で飢饉の時に救慌食として利用されたワラビ粉の生産力に注目して、実際ワラビ根採取を行っているフィールドを探し出した。そして5年に渡り飛騨地方のワラビ根堀の調査を行ない、1990年度   第4回  日本民具学会研究奨励賞受賞「ワラビの地下茎採取活動」(『民具マンスリー』第22巻7・8・9号、1989所収)にまとめた。日本における農耕の起源を示唆する貴重な民俗であることが判明した。しかしその後、生産者の跡継ぎがおらず、生産が途絶えてしまい、学問の限界を知り、今、村人と共にワラビ粉生産の復活に乗り出している。民俗文化復活と地域活性化の試みである 。    実践の活動は、現在、現地のNPO法人に加わり、ワラビ粉生産を立ち上げ一昨年10kg、昨年35kgのワラビ粉を生産した。活性化の核にする試みである。このことは、『民具マンスリー』「実践民俗学ー民俗文化復活の現代的意味ー」48巻5号に詳しい。学問と実社会の垣根を取り払い学問の社会化を目指す。民俗文化復活のために学者が営業をやるのである。また、ワラビ粉生産という農耕の起源の証左となる貴重な民俗は、在来知の再評価を生み、貴重さゆえ、高収益による経済価値を生むのである。    その目的は、中世以来の林地と化した牧場の伐採による再生整備は、60haのワラビ草原の実験圃場をつくりワラビ粉生産の可能性を研究するためその労力、費用、諸経費として計上する。また、野草と牧草とワラビを混植した植生の牧場を生み出し、わらび粉と飛騨牛の生産を可能にするものであると同時にワラビ摘み、蜂蜜採取、薬草採取などの多機能の利用を通して山地における生活文化の振興と、生態系サービスという新たな生態系機能の回復をもたらすことである。    縄文期からの日本の農耕の起源を示す貴重な民俗であり在来知のわらび粉生産の復活は、その貴重さゆえに飛騨における文化価値の上昇をもたらし、高価であるため高収益をもたらす現金収入源となり、山地を利用した第一次産業活性化による山村活性化の核にすることを目的とする。雇用者の年間収入の15%~20%増加と4~5人の短期新規雇用を目指す。製縄者に対しては4000円前後の日当を支払う。   また、出資者に対し配当金を配り、多くの出資者を集めることによって村落全体の所得向上を図る。これらを支えるためわらび粉生産を拡大、安定化させるため林地の伐採によるわらび植生増加のためのオバコ牧場の再生が必要となる。これと平行して営業や通販によって飛騨のわらび粉の周知と販路の拡大をはかる。    コモンズである共有地ゆえの経営や管理の共同化は、村落共同体を強固なものにし、コミュニティを活性化させる。 「飛騨わらび」などの生産する組合などを設立し、村内の3軒の企業や村民を株主化する。ワラビ粉販売等の利潤は、積み立てをし、牧場開発や水車小屋、堆肥、その他の共用や村落生活の発展に使う 。牧野の管理は、牧柵作りや肥料撒、見回りなどの共同管理をするなどによって生産の共同性やコミュニティを強化する。   この調査研究の成果を生かし、若者が取り組める施策の研究活動や生産の動きなどの手助けをする山村振興研究所を設立したい。この研究所の生産的、社会的活動は、山村の地域社会に共有され、山村活性化の創出活動の拠点となるだろう。     これらの物心両面にわたる活性化は、その効果により広く村落内に行き渡り村落社会を高揚化させて相互扶助に基づく自立的社会保障の萌芽を醸成させ山村の危機を救うことになりだろう。 Ⅱ.計画・方法 コモンズである260haの共有牧野の整備計画である。生態系サービスである在来知のわらび粉生産、飛騨牛などの第一次産業を振興させ、コミュニティの力を醸成し、コモンズの活性化を通してコミュニティの活性化を狙う。    本計画は2年間でワラビ根の採取地となる圃場をつくることである。現在260haの牧場は樹林地になっており平坦地である60haの実験圃場をつくるために住民参画により切り捨てによる林地伐採し、その後のワラビ粉生産の可能性や植生変化を研究するためその労力、費用、諸経費として計上する。   燃料費と若干の賃金を払う。1ha当たりの作業員数を15人として伐採は10カ年計画とし260haの林地のうち、平坦地60haの伐採を最初の2年で行なう。使う燃料費は60万円になる。人工は6000円×15人×60haで540万円となる。弁当持参、車両の燃料費はプロジェクト側で負担する.チェーンソーは購入するものとする    伐採終了後、ゾーン分けをし、野草、ワラビ、チモシー、ホワイトクローバーそれぞれのゾーンの整備をする。 チモシー10haとホワイトクローバーゾーン10haに播種を行う。わらび、野草、牧草の育成に3~4年を要し、其の間、わらび根採取を始めとする採取活動や牛の放牧は行わない。牛の放牧は、高根町在住の若者の牛を放牧する。放牧による伝染病感染を回避するため、少数の飼養者同志が知り合っている牛を放牧する。  多くの数ではない。     わらび根採取作業を行う。標高1300メートルにある日和田集落から30分かけて軽トラックで牧場に向う。牧場でのわらび根採取作業は、4時間かけて、短期雇用した3人の村人と行う。バックホーを用い唐鍬を使って芝を剥ぐように地下10センチに伸びる地下茎を80kg程掘り取る。枝分かれした根を選別し、地下茎の繁殖部分を後年の繁殖のために埋め戻し、澱粉を蓄えた地下茎を集落まで持ち帰り、水洗し、10kg程に分けて搗く。この搗く工程を3回繰り返す。これが当日の残り4時間の作業である。この採取、加工の作業を計1週間行う。1日4kgのワラビ粉の産出量であるから7日で28㎏となる。このようにして、今後1ヶ月で100kgの生産を目指す。    ワラビ根の加工は、沢に鉄パイプで足場を組み、その上に船2台とこし器を置く。ワラビ根を搗くためにワラビ石を設置する。水はホースで沢から引き、搗いたわらび根の洗浄と澱粉の沈殿に使う 。ランマーで搗いたワラビ根は船で洗い、こし器を通して沈澱させる。   経営は、「飛騨わらび」を生産する組合などを設立し、NPO法人と共同し村内の3軒の企業や村民の株主化を進める。また、わらび粉販売等の利潤の一部は、積み立てをしてNPO法人の監査の元、生産、管理の共同化、村落生活の発展に使う。コモンズ再生の原資となる。    雇用者の年間収入の15%~20%増加と4~5人の短期新規雇用を目指す。製縄者に対しては4000円前後の日当を支払い、また、出資者に対し配当金を配り、多くの出資者を集めることによって村落全体の所得向上を図る。これらを支えるためわらび粉生産は、わらび粉100kgを生産することによって30日間の稼働で一人当たり年間30万~50万の収入増をもたらす計画である。このために販路の拡大を計り、サンプルを持って東京、京都の和菓子屋に営業にまわる。また、引き合いのあるフランスや海外にも進出する。 ネット通販を利用して販売と広告を行う。ホームページを作成し飛騨のわらび粉を周知させ、販売促進やわらび粉を利用した6次産業化に使う。    コモンズである共有地ゆえに経営や管理の共同化によって村落共同体を強固なものにする。コモンズの活性化により日和田全体が一丸となってコミュニティの力を高める計画である。ワラビ粉販売等の利潤は、積み立てをし、牧場開発や水車小屋、堆肥、その他の共用に供する。牧野の管理は、牧柵作りや肥料撒、見回りなどの共同管理をするなどによって生産によるコミュニティを強化する。コモンズの原資となる。    わらび縄をなう会の設立は、在来知による技術の伝承を若い人を交えて行い、また、歴史あるわらび縄は御所、二条城などの皇室関係の文化財の修復に使われるため村人の誇りとなる。    日和田内の村人が経営する蕎麦屋において、国産随一の混ぜ物のない純度100%の飛騨のわらび粉で作ったわらび餅を提供し、日和田でしか食べられない名物とし集客を図る。フランスのフランス料理店が注目している。海外への進出を図る。わらび粉の生産拡大と雇用の拡大につながり、わらび餅の名店に納品することによって文化的には日本本来の和菓子文化を取り戻すことにつなげる。このことを通して高山市の観光価値を高め、コミュニティの核の一つとする。  これらの山村の取り組みの計画に対して地域の人々は様々な関心を呼び起こし社会が相互扶助による信頼により、その努力を手助けするようになり村内の高揚感を高めることにつながり、物心両面にわたる山村コミュニティ維持強化策により自立的な社会保障の萌芽を醸成し山村を救う。 Ⅲ.計画の準備状況 計画の準備段階は5年目である。調査論文にも5年間を費やしているので今回の計画の準備には10年間を費やしている。論文は1990年度   第4回日本民具学会研究奨励賞受賞「ワラビの地下茎採取活動」(『民具マンスリー』第22巻7・8・9号、1989所収)にまとめた。。現在、現地のNPO法人に加わり、実践のための基礎調査に5年を費やし、ワラビ粉生産部長として生産に従事している。村人を3人短期雇用し、NPO法人の事業の一環としておこなっている。このことは、『民具マンスリー』「実践民俗学ー民俗文化復活の現代的意味ー」48巻5号に詳しい 準備段階の3年間は放牧地において小規模の採取しか認められず、荒廃農地にわらびの人工栽培を試みた。人工栽培がうまく繁殖せず、わらび植生確保のため放牧地の採取許可をお願いした。その後4年目、5年目の実施段階において、本格稼働にはまだまだであるが、採取が2年目に入り、4年目に10キロ、5年目に35キロを生産している。東京や京都の和菓子店に営業に行き、販売の実績は東京虎屋、小石川一幸庵、京都蕭月の3軒に納入を決めた。また、フランスのフランチレストランから引き合いがあった。来年の納品になるだろう。本格稼働になるためにはさらなる販路の拡大が必要となる。    また、わらび粉を生産する段階で残る繊維から作れるわらび縄が日和田のわらび縄として宮内庁の御用を賜わろうとしている。 サンプルを納品し京都の業者と価格設定を行なっている。    そのために、わらび植生の不足が課題になっている。この解消のため隣接の共有牧野のオバコ牧場の有効利用によりわらび植生の確保をはかろうとしている。現在、共有地であるため共有牧野の地権者の了解をとっている。 NPO法人Y.I.Kは山村振興活性化のために作られ、全面的支援を受けている。杉山は理事としてNPO法人に加わり、わらび粉生産部長として生産・販売の前面に出て全権を担なっている。 このチームのメンバーには高山市元基盤整備課長が参加し、山村振興に加わっている。 日和田の雇用者は、これらの動きにより年間収入を10万円~20万円増やしつつあり、短期雇用を3人増やした。若者の参入も呼びこんでいる。わらび粉やわらび縄の社会的価値が高まることによって村人は誇りをとりもどしつつある。 これらを確固たるものにしたい。 本計画は川喜田二郎(1980)の安家プロジェクト「生態系把握と住民参画に基づく山岳諸地域の活性化に関する比較研究  」を元に山村における活性化研究をより実践面に重きをおいている。 Ⅳ.期待される成果    牧場の整備による植生から生み出される、生態系サービスであるわらび、野草、牧草は圃場の調査結果からワラビ粉、飛騨牛、ワラビ摘み、蜂蜜、薬草などを生み中世からの牧野の生態系機能回復による生態系サービスの回復が予想される。これは山村の生態史における文化復元を意味し、こうして眠れる牧野の生産性や文化的価値を輝かせ、山村の価値を向上させる。    現在の採取地において、わらび粉100kgを生産する30日間の稼働で一人当たり年間30万~50万の収入増になる。200kgの生産量となれば倍額の収入増になる 。複合経営であるため短期雇用であるが集落内に5人以上の雇用を確保できるだろう。将来的に、わらび粉生産に関してオバコ牧場のコモンズの再生が進めば一層の収入増と雇用増加が見込める。地産地消の六次産業化とあいまって第一次産業が振興するだろう。また、文化の掘り起こしによって確認された、わらび縄の製縄による収入は、文化財利用が正式に認められれば、オバコ牧場の再生が進むことによってわらび縄の製縄量も増え収益も増える。御所、二条城など神社仏閣庭園などの文化財保存も進む。かけがいのない国家の宝を増加させる。    本研究で生産されたわらび粉は、高級品として取り引きされており和菓子として多くの消費者に親しまれるだろう。高山市のあらたな価値を高めることになる。赤坂虎屋は、飛騨のわらび粉が手に入らず、黒色のまがい物のわらび粉を使うわらび餅の生産を取りやめにしている。本物が求められている。日本各地の和菓子屋さんに売り込みができ、消費者の心をつかめる。日和田のわらび粉を使ったわらび餅は、世界的観光地高山市の日本文化を代表する銘菓になり、中世以来の牧場の生産物ということもあいまって高山の観光名物となろう。日和田の人の誇りとなろう。在来知である日本の伝統を受け継ぐ本当のわらび粉をコモンズの再生活性化によって生産し、日本の和菓子文化を取り戻す。    コモンズ再生、在来知の伝承、生態系サービスこれらから、 牧場再生とわらび粉生産、わらび餅、わらび縄製縄の一連の取り組みがコミュニティの維持醸成をもたらす。牧場再生の共同作業、共同管理、わらび粉生産の共同作業、組合の設立の出資金と配当金、わらび餅制作の試行錯誤は、村内に広く行き渡り、今まで述べてきたようにコミュニティ醸成に役立つ。  わらび縄をなう会を設立し製縄技術の伝承知の継承を若い人を交えて行う。皇室関係の文化財の修復に使われるため村人の誇りとなる。     日和田内の村人が経営する蕎麦屋において、国産随一の混ぜ物のない純度100%の飛騨のわらび粉で作ったわらび餅を提供し、高根でしか食べられない銘菓とし集客を図っている。依頼のあったフランスなどのフランス料理店に納品し、世界的に日本の伝統文化食品として売り出す。これによってわらび粉の生産拡大と雇用の拡大となり、日和田において6次産業化が進み一連の取り組みは地域コミュニティの核となる。    学問と実業の世界との溝が埋まり文化の掘り起こしが進むだろう。わらび粉もわらび縄も縄文期からの貴重な民俗技術の所産である。小さな消え行く民俗に光をあて実社会に投影することによってその価値を輝かせなければならない。民俗文化を掘り起こすことと、実社会に投影することの両者が必要になろう。 民俗文化の掘り起こしは旧来の学問でいい。そこから目をつけた事象を学問と実業の世界を結ぶ実践の学問の対象にしなければならない。学問の成果にヒントがあるからここから展開する。電話もし、手紙を書き、サンプルを持ってお邪魔してお勧めするのである。営業である。学者が営業までやるのである。地域振興のために。学問の出番である。    こうした活動が、山村の取り組みに対して地域の人々は様々な関心をだき、社会が相互扶助による信頼により、その努力を手助けするようになり自立的な社会保障の萌芽を醸成し山村を救うだろう。これによって、文化生態系機能の回復をもたらし、荒れた山地の再活用のモデルとなり、山村振興研究所の広報活動を通して全国の疲弊する山村に普及し物心両面にわたる活性化のモデルとなろう。この過程で文化の掘り起こしが進み文化の価値が発掘され、日本の文化振興にもつながる。   以上のような地域ごとの小さな取り組みの積み重ねが、全国の人口減克服や山村の生産性向上につながるであろうこと、しいては日本の国土保全につながることを期待している。