アイヌの未来

アイヌ文化の振興が進みつつある。地道な取り組みが実をむすんでいる。伝統的工芸品の指定を受け、さらに北海道近代美術館でアイヌ美術工芸展が開催された。東京モーツァルトではここ5年間で年に5~6回アイヌ展が開かれている。若者がこぞって展示を行うようになり、文化の継承がうまくいっている。美術工芸が民族の核心になるだろう。二風谷では農林業と工芸が根付いている。林業経営の人材が育って欲しい。阿寒は、観光業である。一層の努力を。都市生活はどうだろうか。札幌は。?ここを何とかしたい。工芸の優位性を活かし職人としての訓練を国のマイスター制度主導で行い、高賃金を確保するのはどうだろうか。教育は?奨学金は出るようになったが、ここも工芸の優位性を鑑み美術工芸大学を誘致したらどうだろうか?デザイン、企画、商品開発などの知的産業が生まれるだろう。工芸の優位性を核にアイヌの未来を考えてみた。

少数民族が自らの文化興隆に立ちあがり、自国の文化と国力の増加を図るという気概を持ち、宗教、言語の尊重はもとより第一次産業、工芸などの文化振興から民族のアイデンティティを支え、少数民族の自立と国との共存共栄を図りながら経済発展につなげていく方途を私は探っている。

私財を投げうって少数民族であるアイヌの人々の文化興隆をギャラリー経営ではかり、また、暮らしにも目をやりギャラリーでアイヌの人々の収益を図ったり、数々の提案をしている。卒業制作が二風谷の イオル事業の施策化と、京橋のギャラリー経営が二風谷の工芸品を経産省の伝統的工芸品の指定に導いて、少数民族であるアイヌ文化の地である二風谷を勇気づけている。

アイヌ文化の振興が進みつつある。地道な取り組みが実をむすんでいる。伝統的工芸品の指定を受け、さらに北海道近代美術館でアイヌ美術工芸展が開催された。東京モーツァルトではここ8年間で年に5~6回アイヌ展が開かれている。若者がこぞって展示を行うようになり、文化の継承がうまくいっている。美術工芸が民族の核心になるだろう。二風谷では農林業と工芸が根付いている。林業経営の人材が育って欲しい。阿寒は、観光業である。一層の努力を。都市生活はどうだろうか。札幌は。?ここを何とかしたい。工芸の優位性を活かし職人としての訓練を国のマイスター制度主導で行い、高賃金を確保するのはどうだろうか。教育は?奨学金は出るようになったが、ここも工芸の優位性を鑑み美術工芸大学を誘致したらどうだろうか?デザイン、企画、商品開発などの知的産業が生まれるだろう。工芸の優位性を核にアイヌの未来を考えてみた。

和人ならアイヌの人々をなんとかしなければならない。厳しい差別と貧困に体制になじめなかったアイヌの人々は、今、徐々に心を開き始めている。日本に生まれたことを幸せと思えるような施策を一緒に考えたい。

渋沢敬三先生は、知里真志保を支え、分類アイヌ語辞典を完成させた。だから私は、武蔵野美術大学の分校を二風谷に作りたい。萱野茂さんの夢であり、私の卒業制作のアイディアでもある。シャモ(和人)がアイヌのことを考えたと萱野さんは、感慨深げだった。

ギャラリーモーツァルトを開いて8年目になる。アイヌの工芸品のために開いたギャラリーだ。大学は作れないが、作品の発表の場を東京に持つことはアイヌの人々にとって有意義だと思って建設した。30人位のアイヌの人が展示を行った。 成果がでている。経産省の伝統的工芸品に指定されたり、札幌の道立近代美術館でアイヌの美術工芸品展が開催された。何よりも若い人達が熱心である。継承がうまくいっている。アイヌ造形が民族の核になるだろう。文化保存活用への熱心さは和人も見習うべきだろう。結城幸司さんが5回展覧会を開き、評価が高まってきている。小淵沢のフィリア美術館で2ヶ月の展覧会が開かれた。アイヌの女性もギャラリーで雇った。アイヌの人達が自分達の力でギャラリー運営ができるようにと。

アイヌの人達と深い関わりを持つようになったのは萱野さんの『アイヌの民具』の刊行をお手伝いするために民具の実測図を描きに一ヶ月二風谷で合宿をした時からである。朝8時から夜中の12時まで描きまくった。考古学研究会に所属していたので狩猟採集民文化に夢中になった。建築学科の学生だったので卒業制作に二風谷の未来を図面化した。半年間二風谷のことを考えた。題は「コタンとイオル」である。二風谷に美術大学と博物館、住宅、道路、土地利用を考え、図面にした。狩猟採集民だったのでイオルというアイヌの人々の山利用の計画も考えた。アイヌの人々の造形的優位性ゆえに美術大学を村開発の中心に据え、工芸と農業と林業を生業とする村づくりである。狩猟採集から現代に適応する方途として美術と農林業を選択した。イオルは現在、イオル事業として実施されている施策であり、若い人が村に残ることができている。二風谷の人達が喜んでくれた。縁が深まった。

しかし、その後どちらも裁判沙汰になってしまった。二風谷は二風谷ダム建設で私の方は地上げで最高裁まで争った。これらのせいか二風谷の人達の気持ちはよくわかる。お互いが思いやれる。クラブツーリズムのツアーのお客様には二風谷ダムとアイヌ語学校をぜひ見て欲しい。

私の故郷、東京京橋にはアイヌ文化交流センターがある。二風谷に行き、萱野さんのお手伝いをし、半年かけて二風谷の卒業制作をやり、お互い裁判もやり、私の故郷京橋にアイヌのためのギャラリーを開き、交流センターもすぐそばにあると、アイヌの人々が身内のように感じる。厳しい差別だったなかでも僕のようなシャモ、シサムもいることを忘れないで欲しい。アイヌの民具実測図集が発刊された。相澤韶男先生と武蔵野美術大学生活文化研究会によるものである。萱野さんのアイヌの民具と国の有形民俗文化財の指定を受ける際に必要とされた図面集である。アイヌの物質文化研究が進むだろう。

クラブツーリズムが二風谷にゆったりプラン4泊5日のツアーを実施する。クラブツーリズムの親会社は近畿日本ツーリストであり、ツーリストの研究機関が宮本常一先生が所長であった日本観光文化研究所であった。ツアー実施決定に際し、この人脈を使った。うまくいってくれてよかった。クラブツーリズムのお客様はいい方達でしょう。二風谷の人達は友達になったらいい。旅人が思い思いの二風谷を楽しんで欲しい。地元も私も力んでいたので肩透かしを食ったようであるが旅を楽しむにはこういうツアーもいいだろう。

二風谷がブレイクしている。フィアット、大和和装、梅田阪急、新宿伊勢丹との取り引きが始まっている。てんてこ舞いである。ゴールデンカムイも好評連載中である。

東京のアイヌはどうしたらよいだろうか?東京のアイヌの人達のことを考える。生活水準を上げるには?会社を作ったらどうだろうか?二風谷の工芸品を始めとするアイヌ文化のモノやコトを企画・販売する東京事務所だ。

京橋杉山ビルに事務所を構えるのも一考だ!果たして採算があうだろうか?毎月100万円売り上げるには?

アイディア次第だろう。裾野を東京アイヌ全体に広げ工芸品の制作を行ない賃金を得ることを始めとし、東京を拠点にデザイン・企画・プロデュース、イベント北海道物産販売なんでもやる。アイヌ関係はすべてここを通す。総代理店である。人材がいなければ慶大生に手伝ってもらおう。

会社名は(株)アイヌモシリでは?文化創造カンパニーである。文化で食えるだろう。

NHK総合にデビューです。!!!   日本の里山 「わらび育む山の牧場」が 4月5日(金)午前3時50分~4時までです。   録画してください!

NHK総合にデビューです。!!!   日本の里山「わらび育む山の牧場」が4月5日(金)午前3時50分~4時までです。   録画してください!

杉山是清はノーベル平和賞にノミネートされました。

一般社団法人文化国家日本研究所は、ノーベル委員会よりノーベル平和賞ノミネート推薦団体に指定されました。当研究所の推薦があればノーベル平和賞にノミネートされます

 

一般社団法人文化国家日本研究所は、ノーベル委員会よりノーベル平和賞ノミネート推薦団体に指定されました。当研究所の推薦があればノーベル平和賞にノミネートされます

 

ノーベル平和賞ノミネート人類学者

杉山是清

日和田のわらび粉とわらび縄制作に助成金が出ました。 明治安田生命クオリティオブライフ文化財団、地域の伝統文化分野への助成が決定しました。 皆さんのご協力の賜物です。これからも頑張ります。 よろしくお願いします。

 

日和田のわらび粉とわらび縄制作に助成金が出ました。     明治安田生命クオリティオブライフ文化財団、地域の伝統文化分野への助成が決定しました。  皆さんのご協力の賜物です。これからも頑張ります。  よろしくお願いします。

 

ノーベル平和賞ノミネート人類学者

杉山是清

 

アイヌの明治期から150年後を考える

アイヌの人達は悪いことをしてこなかった。穏やかな民族だ。だから、なんとかしたい。150年にわたり旧土人法のもと、差別と貧困に苦しんできた。和人はその償いをしないとならないだろう。アイヌの人達のためにギャラリーを開いた。文化の復興が経済振興の礎となればと思った。けど現実は多岐にわたり、局面局面でアイヌの人の人材不足の感がいなめなかった。振興策として大きなビジョンのもと教育などによる人材育成に力を注ぐ方策を考えなくてはならないだろう。私は美術工芸に力を注いだ。ギャラリー運営を学ぶためアイヌの人を雇った。自分たちでできるだろう。北海道では農林業の1次産業の技術者や経営力が必要であろう。土地の利用権が認められたところで回して行かなければならないからアイヌの人達には必要になってくる。ただお金をもらうだけでは使ってしまい生産的でなく、奨学金や助成金などで人材の育成に和人も協力してあげて欲しい。

札幌でも大きなビジョンのもとに人材育成をはかり国には資金を投下して欲しい。1次産業に関連した事業になるだろうか?大きなビジョンを考えなくてはならない。

日本中にアイヌはいる。ちらばっているのを生かし全国展開するときの支店にしたらどうだろう。産業なら補助金助成金もつき、収益も上がるだろう。

東京は中心になる。東京アイヌの人達の人材育成と大きなビジョンのもと就労支援でキャリアアップをはかる。

農林業の関連産業か美術工芸の関連産業だろうか?国の誘導でアイヌの人達のこの分野での人材育成を計って欲しい。

 

アイヌの人々が幸せになれる方策を考え出せれば日本国民誰しもがも幸せになれる。アイヌ問題は日本の縮図である。

がんばろう!

 

ノーベル平和賞ノミネート人類学者

杉山是清

 

Nobel Peace Prize recommendation 「CIVILIZATION CARE 」 Korekiyo Sugiyama . Japan Investigation Center for Cultured and Peaceful Nation.

 

Society has a bright side and a dark side that does not catch the sun. people in the shadow have been suffering from poverty, discrimination, terrorism, civil war, and other social unrest. This recommendation states how to release people on the dark side of Japan, leading to a bright place for the purpose of securing living standards, solving social unrest and bringing peace.

 

 

⑴ Mountain villages Promotion

 

⑵ North Korea Problem

Don`t forget heart of mercy on negotiation.Every country,USA, China,Korea and North Korea!,

 

⑶ Korean problem in Japan, trial and attempted murder

 

⑷ The 15 years normalization of the taxi industry and the future of young people.

 

⑸ The darkside of bars in Ginza

 

⑹ The 45 year Crimes of Sagawa Express wireing puller scandal is The Nikkei and Seibu and Ohkubo

 

⑺ Promotion of Ainu People

 

 

 

 

⑴ Mountain villages Promotion

 

Mountain villages are poor and shaded places. However, 70% of the Japan land is mountainous area. This effective use will affect the fate of Japan. Takayama city, Gifu prefecture ,Takane town Hiwada district is a isolated mountain village, and the population is a marginal settlement with fewer than 200 people. Aside from traditional industries of ancient production of bracken root starch, not only the traditional culture but also the community are declining.

 

This project is a valuable source of cash income and focuses on the revival of bracken root starch and ,bracken root rope which were important folklaces, pursuing one form of mountain utilization called pastureland, and the value of culture developed there .By creating a new value of mountain village that produces genuine things the city desires for the purpose of improving the income of town residents and solving the problem of culture in mountain villages by combining both high value sources of production with the value of production, It aims to break down the vulnerability of genuine lack of the city and to formulate policies for effective use of mountainous areas.

 

Like the mountain villages throughout Japan, the Hiwada district is a marginal settlement due to population reduction and aging. In the industry, the land is narrow and it is difficult to grow rice at an altitude around 1,300 m. Therefore, the source of income is limited, and in upland cropping it is producing small cereals such as Hida Spinach and Takane Road Corn high cold vegetables and mushrooms and firebird soba. Among them, in the Hiwada district, the production of bracken root starch suggesting the origin of agriculture in Japan, which had been deployed in the pasture since 1000 years, has been succeeded in detail. Bracken root starch has been dealt with expensive in the Showa era, but now it is gone which we are trying to revive. It is an endeavor to make bracken root starch production into the main industry together with highlands vegetable cultivation. Generally, the production of real bracken root starch disappears,  bracken root starch is not used, the fake things widely cease, and the food culture using bracken root starch is lost. Under such circumstances, some high-class restaurants and Japanese-style confectionary stores are offering dishes using authentic bracken root starch and restoring food culture. Although real bracken root starch as a food material is required, there are very few producers that can offer. Hida ‘s Warabi aims at real production, restoring the culture (technique, process, breeding method) of the production of traditional genuine bracken root starch, aiming for stable supply.Bracken root rope , which have been used as bamboo fence at Nijo castle and Shigakuin 、Imperial Palace for a long time, have been produced in mountain villages nationwide, but it is difficult to restore cultural properties. We have to increase the supply of bracken root rope ,. Bracken root rope technique is the last trading place in Japan by Hiwada. It will be profitable by succeeding this and promoting use. It is also used for bracken root starch glue and used for restoring old Japanese paintings of national treasure. It will lead to the protection of cultural property which is the treasure of the country, become the pride of the village people, lead to the effective use of mountain village and to promote the promotion of mountain villages nationwide.

 

The devastation of the mountain village is a crisis of civilization. The rise and fall of civilization depends on balance with mountain use. The resurrection is to widely disseminate the real value generated from the quest for culture, as seen in the bracken root starch, and to create socialization and new value of academics. In the connection between mountain village and the city, breaking down vulnerability due to lack of real value, creating new value of mountain village of genuine production by exploring the culture makes the mutual dependence of the two closer, In the process of becoming weak, urban civilization and mountain village, it is a measure to make both and the city simultaneously. The pursuit of real value is a serious task of mountain village and the city. In this way the mountain village will be abandoned and the city will decline. Pursuit of cultural diversity by academic study creates new value of mountain village, standing from the viewpoint of supporting city and raising civilization and solving civilization challenges.

 

縄文農耕と火焔型土器   ーわらび利用文化解明によって「山村」の価値を高めるー

 

新説1 火焔型土器は「火」と「わらび」の造形

火入れの後に発芽するワラビの群生は壮観である。火炎土器はこの様を写実的に表したものではないだろうか?火とワラビのつながりである。火炎土器は、ワラビの生命力への畏敬と再生を祈る縄文人の自然観や生命観という祈りを現しているというのが本旨である。

福島県立博物館所蔵の火炎土器の胴部には逆U字状隆線文に密生した写実的なワラビ芽の造形がみられる。隆線文はわらびの芽ではないだろうか。口縁の 鶏冠状把手、 鋸歯状突起は炎を表現しているものであろう。頸部と胴部上半部にはS字状隆線文および渦巻状隆線文は、ほむら上部の空気の乱れや撹乱、陽炎のような現象を表しているのだろう。 新保・新崎式土器は半載竹管による半隆起線文によって描かれた文様を特徴としている。大木7b式土器は、頸部がくびれ、口縁部が外反する器形であり、口縁部には四つの把手が付き、波状口縁となる。 火炎土器は、胴部には半隆起線文を密に施すという技術は新保・新崎式土器や、器形と四つの把手を基準とした四単位の文様構成は大木式b式土器から影響を受けたと考えられる。

ワラビは山菜やわらび粉澱粉につかわれ、山住みの生活には欠かせない。飛騨ではわらび粉採取により300日分のカロリーが摂取でき、主食の可能性がある。日本の農耕の起源であろう。

縄文人は、 火入れによるワラビの群生する初期生長の発芽を見てその急激性ゆえ、火入れとのわらびの発芽の因果関係による火への神秘性とワラビの生命力に畏敬の念を抱かせ、火による誕生と再生を実感させ、生活維持のための山菜や澱粉に使われるに及んで生命を支えているという畏敬の念をいだかせ、これが火炎土器の造形を生み出し、縄文人の生命観を表しているのだろう。

 

 

新説2 わらび根堀りが日本の「農業の起源」

わらび粉が、縄文中期文化の主食であり、日本の農耕の起源を示す食料であるという研究をしているオーナーは実践する文化人類学者です。

八ヶ岳南麓井戸尻大遺跡群縄文中期には安定した華やかな文化が花開いていました。でも、主食の植物がなんであるかわかっていません。隣接の遺跡では^_^カリント状炭化物という遺物が出土しています。わらびの地下茎です。私が同定しました。パン状炭化物という遺物も出土しています。科学的分析は済んでいませんが、同じような形状をしたわらび餅の食べ方が日和田に残っています。餅なので主食という意味があると思っています。

また、日和田のわらび根採取では親子3人の75日の稼働で3人の300日分のカロリー摂取ができ、さらにわらびの地下茎が出土し餅状の遺物が発見されてることと、土掘り具としての打製石斧の急増、農耕の起源の一類型である根茎類採取であり、その採取技術が農耕の原初的姿を示してることを考え合わせると、わらび粉は主食であり日本の農耕の起源であるという仮説に到達しました。文化の研究を実践を通して幅広く深めています。

『民具マンスリー』48(2) 2015 日本常民文化研究所 「わらびの地下茎採取活動からみた縄文中期農耕社会」.杉山是清

 

 

 

⑵ North Korea Problem

Don`t forget heart of mercy on negotiation.Every country,USA, China,Korea and North Korea!, God job!

 

 

Dear John, Xí Jìnpíng and Putin. Sanction is at first !

 

Settlement and sanction are alternately in this case that is the best idea.

Both are important.

Which is at first ?

Mediator is me.

 

 

Mr.Kim jong- un! Japan’s Annexation of Korea

 

I don’t betray you.

But I must appologize to you.

I’m sorry I didn’ know the day August 28th was Japan’s Annexation of Korea. Japanese people haven’t been taught Japan’s Annexation of Korea exactly.

I’ve solved some problems of Korean people in Japan for 13years 25years before.

Someone were taxi drivers who had done bad things. But now they’re justice.

I have some young Korean friends. They’re nice guys.

I have to solve some problems with Japan in Korean Peninsula ,women working in military brothels ,recruitment engineering,missiles and abandoning its nuclear program.

Korean People and Japanesepeople are friends.

We are needed mutual understanding not goverment Mr.Kim jong- un!

Could you understand?

 

 

Think about the work of young people. How about making food related industries._ I see young people working in a coffee shops and restaurants. Some people will become executives. How about a food company dealing with food supermarkets like Seijo Ishii and vegetable mail-order shops such as Oishix, and restaurants, cafe’s management linked from production to sales and consumption? . You are developing a company that treats food holistically. Start a business! I guess intuition will work? There are also colleagues like Lotte that gather wisdom of the scattered fellows. You will be able to gather power. Keep your goals high, eat delicious food and aquire tastes.Let’s have a career!

 

 

Mr.Kim jong- un! and John Trump! Could you choose one nation for a judge for settlement?

Could you choose one nation for

a judge for settlement, Swedn or Norway or UN or another nations ?

 

Mr John and Mr Kim!   Would you like join the first settlement

between North Korea and USA

with mercy?

Is it OK that China is judge?

USA! what do you think of them?

And propose a mercy plan of both nations immedetly!

 

 

John!     Could you propose new mercy idea to North Korea!!!!!!

 

 

Mr. Kim Jong-un!Please!Please! Belive our mercy?   Stop,stop,please!!!

 

 

Dear Mr. Kim Jong-un!キム・インリョン国連次席大使

 

What security(担保) do you want from the US and a world for world peace abandoning its nuclear program?

 

 

Mr. Kim Jong-un!Could you release abductees with mercy ? A world will probably belive you and your nation.

 

 

Dear John Trump!Show some mercy please!!!

 

北朝鮮が歩み寄っています

。次はアメリカが慈悲の心に満ちた太っ腹を見せる番です。チームスピリットを縮小したらどうですか?北朝鮮の条件は大した条件じゃないじゃないですか!受け入れて一歩一歩、歩を進めた方が不測の事態を避けられ、現実的ではないでしょうか!もちろん核兵器開発の時間稼ぎは容認できないが!不調に終わったら本格化すればいいじゃないですか?チャレンジです。余裕を持って!

John! Don’t rush to North Korea!

John! 中国アジアに負けるぞ!Go for it , which means mercy!!

 

 

Dear Mr. John Trump about Team Spirit

 

Can you reduce Team Spirit ,that is one of the plans with mercy , not power bewaring .

It’s chance to peace!

Let’s challege!

What do you think of it ?

 

 

Mr. Kim Jong-un!What do you want to do next ,death ,war or settlement?

 

 

Mr. Kim Jong-un!What do you want to do next ,death ,war or settlement? Japan worry about North Korea and Korean people in Japan with mercy. Don’t kill people by missiles!!!

 

 

Mr. Kim Jong-un!What should you do next without ambition with mercy!!!?

Good job!   I greatly appreciate US,China,Russia,UK and another class mates of the world in UNSC.

 

 

Mr. Kim Jong-un!What should you do next,without ambition with mercy!!!!!?

 

The world knows you have never killed people yet by missile.You know the world has mercy,don’t you?

 

Go ! with the world! Talk to China the reason why is with mercy, please!

 

 

 

 

⑶ Korean problem in Japan, trial and attempted murder

 

 

I suffered a lot during the bubble period and got harassed. Taking this as a turn, looking for the identity of harassment, society’s darkness appeared. We aim to eliminate discrimination that is the cause. In order to create a gentle society that can be trusted beyond the ethnic, historical, etc.which is the cause of the darkness of our society, it is recognized that bad is bad, the parties become social, and each other is recognized and mutual Discrimination disappears by understanding the standpoint

 

The Dai-Ichi Kangyo Bank (DKB) and The Shoko Chukin Bank, Ltd.have repeated fraud in the last 30 years. In the bubble period, They gave extra lending to ground-up companies,this became the source of soaring land prices, took away the dream of the common people’s home. They planned the runaway of financial capital to aim at the financial nation and misjudged the course of Japan. Our families were made to suffer from Mizuho Bank,The Dai-Ichi Kangyo Bank (DKB) at the time. At that time, Kyobashi was regarded as the birthplace of the bubble, and Tadao Mitsui (born in Jeju Island, arrested and detained) led to relentless act by real estate agent Sansei. My father was hit while sleeping and a glass window was broken, his head was aimed and targeted for life. I caught the criminal and arrested aim. The Kojimachi branch of the The Dai-Ichi Kangyo Bank (DKB) which had the most loans to this homicide upgrade company. I looked over the land owned by the landloders and went to the Legal Affairs Bureau and examined the mortgage with a friend through a registry certificate and compiled it. The best loan source was The Dai-Ichi Kangyo Bank (DKB) Kojimachi Branch.

 

My friend went to the Kojimachi branch of The Dai-Ichi Kangyo Bank (DKB) to protest to closure of the loan, but the branch manager refused the visit. After that, we resolved it after fifteen years were lost in the district court ,We reversal favored on the High Court in a defense of the Sakura Kyodo Law Offices and it took seven years until it ruled on the Supreme Court When we announced the summary list of bank loans to landlords at the press conference of the district court ruling, the stock price crashed the next day. I repaired the bubble. Eiichi Shibuzawa and Keizo Shibusawa paved the way, Japanese capitalism walked steadily.

 

 

 

 

⑷ The 15 years normalization of the taxi industry and the future of young people.

 

 

I have walked within the Yamanote line for 15 years. I also around Otemachi for two and a half years, and bars in Ginza for two and a half years. It was ambushed by 7 ~ 8 taxis and it was set behind. It was in front of the tax university. I noticed it, I showed all the Tokyo radio taxis to the enemies and they want to invite mental weakness. I had no consciousness of discrimination against Koreans in Japan, so I did not have anything. I thought that they would be discriminated against because they are doing this. At the same time, I thought that we must stop this to eliminate discrimination. Even if discrimination disappears if this stops. I also wore yellow at Shinagawa and Senju sales offices in Nippon Express and Senju, Asakusa branch of KM traffic on4 or 5 times. Murder of a real estate agent Tadao Mitsui was punished and was not worried. The taxi industry is normalizing. Everyone who is aligning in heart with Japan transportation, KM, Tokyo radio etc will be pleased. Because discrimination is gone. This time Japan has to take the first step. We are bringing up wisdom for the taxi industry. Cooperate with the police and continue to patrol while wearing the yellow clothes of the hazard lamp. Furthermore, seek refusal by the shipping company, taxi company, forgive, stand on it and eradicate discrimination by the heart of mercy.

 

Think about the work of young people. How about making food related industries._ I see young people working in a coffee shops and restaurants. Some people will become executives. How about a food company dealing with food supermarkets like Seijo Ishii and vegetable mail-order shops such as Oishix, and restaurants, cafe’s management linked from production to sales and consumption? . You are developing a company that treats food holistically. Start a business! I guess intuition will work? There are also colleagues like Lotte that gather wisdom of the scattered fellows. You will be able to gather power. Keep your goals high, eat delicious food and aquire tastes.Let’s have a career!

Lotte will open a company for young people and utilize internships to develop careers for young people! Fellow countrymen!

 

 

 

 

⑸ The darkside of bars in Ginza

 

Enter Nishi-5th Street, first check the black suits in a bar Laotrec at the entrance to Ginza. Follow one-way traffic, walk in a certain direction , get through Konparu Street, and return to the original. From about 10:30 pm to about 2:30 am.I am wearing yellow and walking. It is non-stop. I walked every day for two and a half years except Saturday and Sunday. At 1 o’clock a lot of taxis come in line. White Taxi is also stopped.I show the yellow color to the taxi driver. When I saw a Checkered radio taxi, courage came up. The National Tax Administration Agency caught a Madam of the bar called Queen of Ginza. The network of the darkness of Ginza was interrupted. The light is from Ginza.Bar Lautrec was also closed.

 

Back up by two guys at 3 am in Ginza

Two and a half years after I walked in Ginza,I was about to get hit by a van with traveling at high speed at a meeting. Two guys who saw that moment, If you were not there, I would havd died like a dog .Thank you! Please have happy marriage. Did you see me in Ginza ? Is she well ? Isn’ he quite sleepy, too? Thanks to you I am doing fine as you know. I trust the police even more. G Men, take care and do your best ! Go ahead and go! ! In addition, let’s meet somewhere. I wonder if Ginza in the future will be good!

 

I’m glad I did it! !

 

 

 

 

⑹ The 45 year Crimes of Sagawa Express wireing puller scandal is The Nikkei and Seibu and Ohkubo.

 

 

I have been followed on the Sagawa Express for 45 years. It is daily during business hours except Sunday. They parked in the parking in front of our house for 25 years. After that it also stopped in front of my gallery. It is 8 years. Peep into my shop, I cared and the Sagawa Express driver Matsumoto beat me and also kicked ten times. It hit the dolly. It is a crime of injury. On the contrary, I am preparing a damages claim of 4.5 billion yen, a consolation claim lawsuit. Nippon Express and Seino improved. The transportation industry has been normalizing but the remaining coarse garbage is Sagawa Express. They say the NIKKEY and Seibu are wire paid. It is a breach of criminal law violation of the law and conspiracy crime. Prosecute. Sagawa is a group of organized criminals, hired former gangsters and has kept peddling for 45 years. Women have been also aimed at.I guarded a number of times to stop the truck to ambush the return of the lady in front of the apartment in Nakameguro Ginza. In Iidabashi Cambridge English School.English school was threatened and The personal information of students going to was acquired. I can witness the delivery site and identify both the driver and the staff. I am a living witness. TSE will be th  e same sinner as Sagawa Express and will recive resentment from society and police if TSE approve the listing. Is there also a sense of ethics in the TSE ?The Nikkei average will fall. 3 times in Kisofukushima, 1 time in Takayama city Asahi village, 1 time in Echigo Yuzawa, they attached by the track .A private detective rided on the train.

 

I want to erase Sagawa Express from society. I have been facing Sagawa Express for 45 years. I catch Sagawa ‘s stretch number. I am also under thame. For couple of years, we have scrambled five to six vehicles of Sagawa Express coming after lunch break every day. Walk in the yellow wearing on the roadway. Take the car number of Sagawa Express, remember the face and name, and understand their condition .Fixed point, fixed investigation. Sometimes I was about to be hit by Sagawa Express as I was walking along the roadway. They make me intimidated ‘as “I bounce!”

 

 

 

 

⑺  Promotion of Ainu People

 

 

Minorities have a spirit of rising their own culture and support national strength , I will continue to develop ways to lead independence and coexistence and co-prosperity with the country while leading to economic development.

 

In addition to respecting religion and languages ​​as well as cultural promotion of primary industries and crafts, the ethnic identity is supported,through spending money on private property, I cultivate cultural excitement of people in ethnic minorities such as the Ainu gallery management,I also look for living and benefits for the Ainu people ‘s profit in the gallery and make a number of proposals. Graduation production brought the policies of the Iol business in Nibutani in Hokkaido and the gallery management received Nibutani crafts to the designation of traditional crafts of the Ministry of Economy, Trade and Industry. The land of Ainu culture which is a minority ethnic group in Nibutani, which I have been supporting.

 

If we are Japanese, People must manage Ainu people. Ainu People who have not resorted to severe discrimination and poverty have begun to gradually open their minds. I would like to think about policies that could be created in Japan together to make the Ainu people happy.

 

Keizo Shibusawa supported Professor Mashiho Chili and completed the classification of the Ainu dictionary. That’s why I would like to build a branch at Musashino Art University in Nibutani,which was Shigeru Kayano’s dream, it is also my idea of ​​graduation production. Mr. Kayano said that Shamo (Japanese) thought about the Ainu.

 

It’s been 8 years since I opened the Gallery Mozart. It is a gallery opened for Ainu crafts. Although I can not build a university, I opened it to think that it is meaningful for Ainu people to have a place of presenting works in Tokyo. About 30 Ainu people were exhibited. Results are going out. Designated as traditional craftwork of the Ministry of Economy, Trade and Industry, and Ainu Art and Craft exhibition was held at The Hokkaido Museum of Modern Art.Young Ainu people are more enthusiastic than ever.Successful inheritance. Ainu modeling will become the core of ethnic groups. Japanese people should also follow the enthusiasm for cultural preservation and utilization. Koji Yuuki held seven exhibitions and the evaluation is getting higher. An exhibition for 2 months were held at the Philia Museum in Kobuchizawa. An Ainu women was also hired at my gallery. The Ainu people should be able to manage the gallery with their own power.

 

I became to have a deep involvement with the Ainu people since I camped in Nibutani for a month to draw actual measurement charts of folk implements to help Mr. Kayano ‘s 『Ainu tools』 I drew them from 8 in the morning until midnight. I belonged to the archeology workshop so I became interested in hunter gatherer culture. Since I was a student of the Department of Architecture, I made a drawing of Nibutani’s future of graduation production. I thought about Nibutani for 6 months. The title is “Kotan and Ior”. I thought of art university and museums, houses, roads and land use in Nibutani, I made a drawing. And as they were a hunter gatherer, I also thought about a plan to use mountains of Ainu people called “ior”. Due to the shaping advantage of Ainu people, art university are set as the center of village development, making villages with crafts, agriculture and forestry for living. I selected art and agriculture and forestry as a way to adapt from hunter gathering to modern times. “Ior” is currently implemented as an “ior”business, young people are able to remain in the village. The people of Nibutani were pleased. The relationship got deeper.

 

However, after I tried to judge to the Supreme Court by land speculation.Nibutani fought up by raising up at the Nibutani Dam Construction. I can understand the feelings of those in Nibutani very well. I can understand each person. I’d like you to see the Nibutani Dam and the Ainu language school .

 

In my hometown, Tokyo Kyobashi there is the Ainu Cultural Center. I went to Nibutani, helped Mr. Kayano, graduation work of Nibutani for over 6 months, and also tried to judge each person, opened a gallery for Ainu in my hometown Kyobashi, and the Curutural center is nearby, I feel like Ainu people are realatives.Even though it was severe discrimination ,do not forget that there are also “chamos and sisamu” like me.

 

『The Ainu tools’s actual instruments drawing collection』 was published. Mr. Tuguo Aizawa and Musashino Art University Study Group on Lifestyle and Culture. It is a collection of drawings required for receiving Kayano ‘s 『Ainu tools』 as folk implements and national tangible folk cultural properties. Ainu research on material culture will advance.

 

Club Tourism International Inc relaxes in Nibutani and carries out a tour of 4 nights 5 days. The parent company of the club tourism is the Kinki Nippon Tourist, and the research institute of for tourists was the Japan Tourism and Culture Research Institute, which was the director of Prof.Tsuneichi Miyamoto. I used this personal network when I decided to make a tour. I am glad that it worked. The members of the Club tourism will be nice people. Sot he people of Nibutani should be friends. I want the travelers to enjoy the thoughtful Nibutani.

 

Nibutani is becoming popular Dealings with Fiat, Yamato Kimono, Umeda Hankyu Department Store.Shinjuku Isetan Department Store are beginning to sell Nibutani items.They are very busy now.『Golen Kamui』 is also on a popular series.Let’s create an outdoor art museum in Nibutani and open the International Art Festival. You can produce artists like Sunazawa Viki. We will spread the art of Nibutani to the world of art and make it internationally recognized. how about that? Crafts, design, planning and related industries will improve

 

What should I do with the Ainu in Tokyo? Think about the Ainu people in Tokyo. How can I improve their standard of living? Why don’t we make a company? It is a Tokyo office that plans and sells Ainu culture and things like Nibutani crafts.It’s a thought to have an office in the Kyobashi Sugiyama building! Will it become profitable?How to sell 1 million yen each month?It depends on the idea. Start spreading footwear throughout Tokyo Ainu, making arts and crafts and getting wages, designing, planning, producing, event, event of Hokkaido based in Tokyo Anything can be done. we will pass all of Ainu related things here. It will be a agency. If they do not have talent, let Keio students help them.

 

Could the company name be Ainu Moshiri Co., Ltd.? It is a culturelly created company. They can manage it in their culture.

 

Ainu people lead cultured nation Japan and world.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ノーベル平和賞受賞推薦文  「社会の陰の解消 CIVILIZATION CARE」  杉山是清 Nobel Peace Prize of a letter of recommendation of KOREKIYO SUGIYAMA on the Shadow Clearance in japan.

 

Shadow clearance in Japan

社会には日の当たる場所と日の当たらない陰の場所がある。陰の人々は貧困、差別に苦しみテロ、内戦、などの社会不安の原因になっていた。本推薦は日本において陰の人々をいかに解放し、生活水準の確保を目的として日の当たる場所に導き、社会不安を解消し平和をもたらすかを記している。少数民族であるロヒンギャ難民問題解決に通ずるモデルケースとなる取り組みである.

①アイヌ振興

②在日韓国朝鮮人問題、裁判、殺人未遂

③15年間かけたタクシー業界正常化、若い人の未来。

④銀座の飲み屋街の闇

⑤汚物佐川急便45年間の追撃、黒幕・西武スキャンダル

⑥山村振興

 

①アイヌ振興

少数民族が自らの文化興隆に立ちあがり、自国の文化と国力の増加を図るという気概を持ち、宗教、言語の尊重はもとより第一次産業、工芸などの文化振興から民族のアイデンティティを支え、少数民族の自立と国との共存共栄を図りながら経済発展につなげていく方途を私は探っている。

私財を投げうって少数民族であるアイヌの人々の文化興隆をギャラリー経営ではかり、また、暮らしにも目をやりギャラリーでアイヌの人々の収益を図ったり、数々の提案をしている。卒業制作が二風谷の イオル事業の施策化と、京橋のギャラリー経営が二風谷の工芸品を経産省の伝統的工芸品の指定に導いて、少数民族であるアイヌ文化の地である二風谷を勇気づけている。

アイヌ文化の振興が進みつつある。地道な取り組みが実をむすんでいる。伝統的工芸品の指定を受け、さらに北海道近代美術館でアイヌ美術工芸展が開催された。東京モーツァルトではここ8年間で年に5~6回アイヌ展が開かれている。若者がこぞって展示を行うようになり、文化の継承がうまくいっている。美術工芸が民族の核心になるだろう。二風谷では農林業と工芸が根付いている。林業経営の人材が育って欲しい。阿寒は、観光業である。一層の努力を。都市生活はどうだろうか。札幌は。?ここを何とかしたい。工芸の優位性を活かし職人としての訓練を国のマイスター制度主導で行い、高賃金を確保するのはどうだろうか。教育は?奨学金は出るようになったが、ここも工芸の優位性を鑑み美術工芸大学を誘致したらどうだろうか?デザイン、企画、商品開発などの知的産業が生まれるだろう。工芸の優位性を核にアイヌの未来を考えてみた。

和人ならアイヌの人々をなんとかしなければならない。厳しい差別と貧困に体制になじめなかったアイヌの人々は、今、徐々に心を開き始めている。日本に生まれたことを幸せと思えるような施策を一緒に考えたい。

渋沢敬三先生は、知里真志保を支え、分類アイヌ語辞典を完成させた。だから私は、武蔵野美術大学の分校を二風谷に作りたい。萱野茂さんの夢であり、私の卒業制作のアイディアでもある。シャモ(和人)がアイヌのことを考えたと萱野さんは、感慨深げだった。

ギャラリーモーツァルトを開いて8年目になる。アイヌの工芸品のために開いたギャラリーだ。大学は作れないが、作品の発表の場を東京に持つことはアイヌの人々にとって有意義だと思って建設した。30人位のアイヌの人が展示を行った。 成果がでている。経産省の伝統的工芸品に指定されたり、札幌の道立近代美術館でアイヌの美術工芸品展が開催された。何よりも若い人達が熱心である。継承がうまくいっている。アイヌ造形が民族の核になるだろう。文化保存活用への熱心さは和人も見習うべきだろう。結城幸司さんが5回展覧会を開き、評価が高まってきている。小淵沢のフィリア美術館で2ヶ月の展覧会が開かれた。アイヌの女性もギャラリーで雇った。アイヌの人達が自分達の力でギャラリー運営ができるようにと。

アイヌの人達と深い関わりを持つようになったのは萱野さんの『アイヌの民具』の刊行をお手伝いするために民具の実測図を描きに一ヶ月二風谷で合宿をした時からである。朝8時から夜中の12時まで描きまくった。考古学研究会に所属していたので狩猟採集民文化に夢中になった。建築学科の学生だったので卒業制作に二風谷の未来を図面化した。半年間二風谷のことを考えた。題は「コタンとイオル」である。二風谷に美術大学と博物館、住宅、道路、土地利用を考え、図面にした。狩猟採集民だったのでイオルというアイヌの人々の山利用の計画も考えた。アイヌの人々の造形的優位性ゆえに美術大学を村開発の中心に据え、工芸と農業と林業を生業とする村づくりである。狩猟採集から現代に適応する方途として美術と農林業を選択した。イオルは現在、イオル事業として実施されている施策であり、若い人が村に残ることができている。二風谷の人達が喜んでくれた。縁が深まった。

しかし、その後どちらも裁判沙汰になってしまった。二風谷は二風谷ダム建設で私の方は地上げで最高裁まで争った。これらのせいか二風谷の人達の気持ちはよくわかる。お互いが思いやれる。クラブツーリズムのツアーのお客様には二風谷ダムとアイヌ語学校をぜひ見て欲しい。

私の故郷、東京京橋にはアイヌ文化交流センターがある。二風谷に行き、萱野さんのお手伝いをし、半年かけて二風谷の卒業制作をやり、お互い裁判もやり、私の故郷京橋にアイヌのためのギャラリーを開き、交流センターもすぐそばにあると、アイヌの人々が身内のように感じる。厳しい差別だったなかでも僕のようなシャモ、シサムもいることを忘れないで欲しい。アイヌの民具実測図集が発刊された。相澤韶男先生と武蔵野美術大学生活文化研究会によるものである。萱野さんのアイヌの民具と国の有形民俗文化財の指定を受ける際に必要とされた図面集である。アイヌの物質文化研究が進むだろう。

クラブツーリズムが二風谷にゆったりプラン4泊5日のツアーを実施する。クラブツーリズムの親会社は近畿日本ツーリストであり、ツーリストの研究機関が宮本常一先生が所長であった日本観光文化研究所であった。ツアー実施決定に際し、この人脈を使った。うまくいってくれてよかった。クラブツーリズムのお客様はいい方達でしょう。二風谷の人達は友達になったらいい。旅人が思い思いの二風谷を楽しんで欲しい。地元も私も力んでいたので肩透かしを食ったようであるが旅を楽しむにはこういうツアーもいいだろう。

二風谷がブレイクしている。フィアット、大和和装、梅田阪急、新宿伊勢丹との取り引きが始まっている。てんてこ舞いである。ゴールデンカムイも好評連載中である。

東京のアイヌはどうしたらよいだろうか?東京のアイヌの人達のことを考える。生活水準を上げるには?会社を作ったらどうだろうか?二風谷の工芸品を始めとするアイヌ文化のモノやコトを企画・販売する東京事務所だ。

京橋杉山ビルに事務所を構えるのも一考だ!果たして採算があうだろうか?毎月100万円売り上げるには?

アイディア次第だろう。裾野を東京アイヌ全体に広げ工芸品の制作を行ない賃金を得ることを始めとし、東京を拠点にデザイン・企画・プロデュース、イベント北海道物産販売なんでもやる。アイヌ関係はすべてここを通す。総代理店である。人材がいなければ慶大生に手伝ってもらおう。

会社名は(株)アイヌモシリでは?文化創造カンパニーである。文化で食えるだろう。

 

②在日韓国朝鮮人問題、裁判、殺人未遂

バブル期に地上げに遭い嫌がらせを散々された。これを逆手に取り、嫌がらせの正体を探ると社会の闇が現れた。その原因である差別解消を目指す。社会の闇の原因である民族的、歴史的、などの差異を越えて信じ合えるやさしい社会を作るために、悪いことは悪いと認め、当事者間が社会的存在になり、お互いを認識し互いの立場を理解することで差別はなくなる

第一勧業銀行銀行と商工中金はこの30年、不正を繰り返している。バブル期には先頭を切って地上げ屋に過剰融資をし 、地価高騰の元凶となり、庶民のマイホームの夢を奪い去った。 金融国家を目指すべく金融資本の暴走を画策し、日本の進路を誤らせた。 総会屋に対する反社会的融資も問題になった。 2回のATM不祥事 そして今回の暴力団組員への反社会的融資である。 私達家族はみずほ銀行(当時第一勧業銀行)により苦渋を舐めさせられた。当時、京橋はバブル発祥の地とされ、満井忠夫(済州島出身、逮捕留置中)率いる三正による執拗なまでの地上げがおこなわれていた 。父親は就寝中にガラスを割られ頭を狙われ命を狙われた。犯人を捕まえ逮捕した。この殺人地上げ屋に最も融資を行っていたのが第一勧業銀行麹町支店である。私は地上げ屋が所有する土地を一筆一筆調べ、法務局に行き登記簿謄本により抵当権を友人とともに調べ、集計した。最融資元が第一勧業銀行麹町支店だった。友人は第一勧業銀行麹町支店に出向き、融資を閉めるよう抗議に行ったが、支店長は面会を拒絶した。その後、第w)€ョ豐・閥箙垤軣・拇垢惑兩笋箸覆辰拭・・€凾タ地上げにあって20年たって解決した。地裁でインチキ弁護士にひっかかり敗訴、高裁でさくら共同法律事務所の弁護で逆転勝訴、最高裁判所の判決がでるまで7年かかった。地上げ屋への銀行融資額集計リストを地裁判決の記者会見で発表すると翌日には株価が暴落した。バブルをはじいてやった。 渋沢栄一、渋沢敬三が道をつけた日本資本主義は、着実な道を歩む。

 

③15年間かけたタクシー業界正常化、若い人の未来

山の手線内を15年間歩いた。大手町2年半、銀座の飲み屋街2年半である。タクシー7~8台に待ち伏せされて後をつけられた。税務大学校前での事である。そうやって気付かせ、東京無線タクシーすべてを敵に見せ、精神衰弱を誘うのだろう。私には在日韓国朝鮮人にたいする差別意識はなかったのでなんでもなかった。こんな事をやってるから差別されるんだろうと思った。同時に差別解消にはこれをやめなければならないと考えた。これをやめれば差別がなくなるとも。日本交通の品川と千住営業所やkm交通の千住、浅草の営業所にも立ち黄色を見せた。4度5度と。殺人不動産業者満井忠夫は罰せられたので気にならなかった。タクシー業界は正常化してきている。日本交通、km、東京無線などが心を合わせているみんな喜んでいるだろう。差別がなくなるのだから。今度は日本国が一歩踏み出さなければない。タクシー業界のために知恵を出し合っている。警察と協力してハザードランプの黄色の衣服を着てパトロールを続け指導する。さらに運送、タクシー会社に反省を求め、許し、その上に立って慈悲の心により差別の根絶を図る。

若い人の仕事を考える。食品関係を大きくしたらどうだろうか?_喫茶店やレストランで務めているのを見かける。経営者になる人もいるだろう。もっと大きくして成城石井のような食品スーパーやオイシックスのような野菜通販やレストラン,喫茶店経営を連結させ生産から販売、消費までを扱う食品会社はどうだろうか?。食品をホーリスティックに扱う企業を興すのである。起業しろ!勘が働くのではないかな?ロッテのような仲間もいるし、散らばっている仲間の知恵を集める。力を結集できるだろう。目標を高く持って、おいしいものを食べて舌を鍛えておけ!キャリアを積んでおこう!

ロッテは若い人のために会社を開放し、インターンシップを利用して若い人のキャリアアップをはかれ!同胞だろう!

 

 

④銀座の飲み 屋街の闇

西五番街通、を入り最初に銀座の 入り口のバー、ロートレックの黒服にチェックを入れる。一方通行を逆行して一定方向に並木通り、金春通りを抜け、元に戻るのを繰り返す。10時半ごろから朝2時半ごろまで黄色を着て歩くのである。ノンストップである。2年半の間、土日を除く毎日歩いた。1時になるとタクシーが列をなして入ってくる。白タクも止まっている。タクシー運転手に黄色を見せるのである。チェッカー無線タクシーを見かけると勇気が出てきた。国税庁が銀座の女王と呼ばれるバーのマダムを摘発した。銀座の闇のネットワークが寸断された。光は銀座からである。ロートレックも廃業になった。

若い人へ   夜の銀座の午前3時のバックアップ

銀座を歩いて2年半後出合いいがしらに猛スピードのバンにはねられそうになった。あの瞬間を見てくれた2人、元気ですか?君達がいなければ、もう少しで犬死でした。ありがとう!幸せな結婚をしてくださいね。銀座通りであいましたね。俯き加減の彼女、元気ですか?全然眠くなさそうだった彼も元気ですか?_おかげさまで僕はご存じの通り元気にやっています。警察をさらに信用しています。Gメンもがんばれ!心して行け!! また、どっかで会いましょう。昼の銀座がいいかな!

やってよかった!!

 

⑤汚物佐川急便45年間の追撃、黒幕・日本経済新聞・西武スキャンダル

佐川急便に45年間つきまとわれている。日曜日を除く営業時間中毎日である。25年間我が家の前のパーキングに停めた。その後ギャラリーの前にも停めている。8年間である。店の中を覗く、睨みつける、注意すると佐川急便の運転手松本は殴る、10数回蹴られた。伊藤は台車をぶつけた。傷害罪である。これに対し45億円の損害請求、慰謝料請求訴訟を準備中である。日通も西濃もよくなった。運輸業界は正常化してきているが残る粗大ゴミは佐川急便である。警察は佐川急便の悪事の裏を取っている。日本経済新聞と西武が黒幕と言っている。刑法違反の暴対法違反と共謀罪法違反である。起訴する。組織的犯罪者集団であり、元暴力団員を雇い、45年間つきまといを続けている。女性も狙っている。中目黒銀座のマンションの前で女性の帰りを待ち伏せするようにトラックを停めるのを何回も警備した。飯田橋ケンブリッジイングリッシュスクールに通う学生の個人情報をスクールを脅かし譲り受けていた。私は受け渡し現場を目撃し、ドライバーも職員も識別できる。生き証人である。東証は、上場を認めれば佐川急便と同罪になり社会、警察の恨みを買うぞ。東証にも倫理感はあるだろうな日経平均が下がるぞ。木曽福島で3回、高山市朝日村で1回、越後湯沢で1回佐川のトラックに付け回された。電車に乗って私立探偵が尾行するのである。 

佐川急便を社会から消し去る。私は45年間、佐川急便と向かい合っている。佐川の張り番である。付きまといも受けている。ここ2~3年は毎日のように昼休みになると来襲して来る佐川急便の5~6台の車にスクランブルをかけている。車道を黄色を着て歩くのである。佐川急便の車番を取り、顔と名前を覚え、相手の体調までわかる。定点、定時捜査である。車道を歩いていて佐川急便にはねられそうになったこともある。「はねるぞ!」と威嚇されている。

 

⑥山村振興

山村は陰の場所である。しかし、国土の70%は山間地である。この有効利用が日本の命運を左右する。対象地である岐阜県高山市高根町日和田地区は隔絶山村であり、人口は200人弱の限界集落である。古くからのわらび粉生産の伝統産業もすたれ、文化だけでなくコミュニティも衰退しつつある。

本事業は、過去において貴重な現金収入源であり、重要民俗であったわらび粉とわらび縄の復活を中心に、牧野という山地利用の一形態を追及し、そこに展開される文化の価値と生産の価値の両者を合わせ持った高収入源の特産品を、町民の所得向上と山村文化問題の解決をはかる目的で、都市が望む本物を生む山村という新しい価値を創出することにより、山村と都市の本物欠如の脆弱性の打破につなげ、山間地の有効利用の施策の策定を目的とする。

日和田地区は日本全国の山村と同様に人口減と高齢化によって限界集落になっている。産業は、土地が狭小であり標高1300m前後で稲作は困難である。そのため、収入源は限られ、畑作では狭小な土地で飛騨ホウレンソウ、高根コーンの高冷地野菜と稗や火畑蕎麦などの雑穀を生産している。その中にあって、日和田地区では1000年の歴史ある放牧地で展開されていた日本の農耕の起源を示唆するわらび粉生産が細々と継承されている。わらび粉は昭和時代は高価に取り引きされてきたが今はすたれてしまい、復活を試みているところである。わらび粉生産を高冷地野菜栽培とともに主産業にするもくろみである。一般には本物のわらび粉生産がなくなり、純粋なわらび粉が使用されていない、まがい物が広くでまわり、わらび粉を使用した食文化が失われている。そのような中で一部の高級料理店や和菓子店では本物のわらび粉を使用した料理などが提供され食文化の復活が図られてきている。食材としての本物のわらび粉が求められているが、提供できる生産者は極めて少ない。飛騨のわらび粉は本物生産をめざして、伝統的な本物のわらび粉の生産の文化(技法や工程、繁殖方法)を復活させ安定供給を図る。古くから御所や二条城、修学院離宮の垣縄として利用されてきたわらび縄は、全国の山村で生産されていたがすたれ、文化財の修復に困難をきたしている。わらび縄の供給を増やさなければならない。わらび縄の製縄術は日和田が日本最後の伝承地である。これを継承し、利用を促進することにより収益となる。また、わらび糊にも利用され国宝の古い日本画の修復などにも使われる。国の宝である文化財保護につながり町民の誇りとなり、山村の山地の有効利用につなげ全国の山村振興を促進する。

山村の荒廃は文明の危機である。文明の興亡は山利用とのバランスにかかっている。その復活は、わらび粉にみられるように、文化の探究から生み出される本物の価値を広く普及させることであり、学問の社会化と新しい価値を生み出すことにある。山村と都市の結びつきのなかで、本物の価値欠如による脆弱性を打破し、文化の探求による、本物の産出という山村の新しい価値を生み出すことは、両者の相互依存を密にし、そのことは、 脆弱な、都市文明と山村になっていくなかにあって、山村と都市の両者を同時に成り立たせる方策となる。本物の価値の追求は山村と都市の重大課題である。このままでは山村が見捨てられ都市も衰退する。学問による文化の多様性の追求が山村という新しい価値を生みだし、それが、都市を支え文明を生み育てるという観点に立ち、文明の難題を解決する。

杉山是清

Nobel Peace Prize CIVIL CARE of a letter of recommendation of KOREKIYO SUGIYAMA for the Ainu Minority ①Promotion of Ainu people

 

Minorities have a spirit of rising their own culture and support national strength , I will continue to develop ways to lead independence and coexistence and co-prosperity with the country while leading to economic development.

In addition to respecting religion and languages ​​as well as cultural promotion of primary industries and crafts, the ethnic identity is supported,through spending money on private property, I cultivate cultural excitement of people in ethnic minorities such as the Ainu gallery management,I also look for living and benefits for the Ainu people ‘s profit in the gallery and make a number of proposals. Graduation production brought the policies of the Iol business in Nibutani in Hokkaido and the gallery management  received Nibutani crafts to the designation of traditional crafts of the Ministry of Economy, Trade and Industry. The land of Ainu culture which is a minority ethnic group in Nibutani, which I have been supporting.

If we are Japanese, People must manage Ainu people. Ainu People who have not resorted to severe discrimination and poverty have begun to gradually open their minds. I would like to think about policies that could be created in Japan together to make the Ainu people happy.

Keizo Shibusawa supported Professor Mashiho Chili and completed the classification of the Ainu dictionary. That’s why I would like to build a branch at Musashino Art University in Nibutani,which was Shigeru Kayano’s dream, it is also my idea of ​​graduation production. Mr. Kayano said that Shamo (Japanese) thought about the Ainu.

It’s been 8 years since I opened the Gallery Mozart. It is a gallery opened for Ainu crafts. Although I can not build a university, I opened it to think that it is meaningful for Ainu people to have a place of presenting works in Tokyo. About 30 Ainu people were exhibited. Results are going out. Designated as traditional craftwork of the Ministry of Economy, Trade and Industry, and Ainu Art and Craft exhibition was held at The Hokkaido Museum of Modern Art.Young Ainu people are more enthusiastic than ever.Successful inheritance. Ainu modeling will become the core of ethnic groups. Japanese people should also follow the enthusiasm for cultural preservation and utilization. Koji Yuuki held seven exhibitions and the evaluation is getting higher. An exhibition for 2 months were held at the Philia Museum in Kobuchizawa. An Ainu women was also hired at my gallery. The Ainu people should be able to manage the gallery with their own power.

I became to have a deep involvement with the Ainu people since I camped in Nibutani for a month to draw actual measurement charts of folk implements to help Mr. Kayano ‘s 『Ainu tools』 I drew them from 8 in the morning until midnight. I belonged to the archeology workshop so I became interested in hunter gatherer culture. Since I was a student of the Department of Architecture, I made a drawing of Nibutani’s future of graduation production. I thought about Nibutani for 6 months. The title is “Kotan and Ior”. I thought of art university and museums, houses, roads and land use in Nibutani, I made a drawing. And as they were a hunter gatherer, I also thought about a plan to use mountains of Ainu people called “ior”. Due to the shaping advantage of Ainu people, art university are set as the center of village development, making villages with crafts, agriculture and forestry for living. I selected art and agriculture and forestry as a way to adapt from hunter gathering to modern times. “Ior” is currently implemented as an “ior”business, young people are able to remain in the village. The people of Nibutani were pleased. The relationship got deeper.

However, after I tried to judge to the Supreme Court by land speculation.Nibutani fought up by raising up at the Nibutani Dam Construction. I can understand the feelings of those in Nibutani very well. I can understand each person. I’d like you to see the Nibutani Dam and the Ainu language school .

In my hometown, Tokyo Kyobashi there is the Ainu Cultural Center. I went to Nibutani, helped Mr. Kayano, graduation work of Nibutani for over 6 months, and also tried to judge each person, opened a gallery for Ainu in my hometown Kyobashi, and the Curutural center is nearby, I feel like Ainu people are realatives.Even though it was severe discrimination ,do not forget that there are also “chamos and sisamu” like me.

『The Ainu tools’s actual instruments drawing collection』 was published. Mr. Tuguo Aizawa and Musashino Art University Study Group on Lifestyle and Culture. It is a collection of drawings required for receiving Kayano ‘s 『Ainu tools』 as folk implements and 💮national tangible folk cultural properties. Ainu research on material culture will advance.

Club Tourism International Inc relaxes in Nibutani and carries out a tour of 4 nights 5 days. The parent company of the club tourism is the Kinki Nippon Tourist, and the research institute of for tourists was the Japan Tourism and Culture Research Institute, which was the director of Prof.Tsuneichi Miyamoto. I used this personal network when I decided to make a tour. I am glad that it worked. The members of the Club tourism will be nice people. Sot he people of Nibutani should be friends. I want the travelers to enjoy the thoughtful Nibutani.

Nibutani is becoming popular Dealings with Fiat, Yamato Kimono, Umeda Hankyu Department Store.Shinjuku Isetan Department Store are beginning to sell Nibutani items.They are very busy now.『Golen Kamui』 is also on a popular series.Let’s create an outdoor art museum in Nibutani and open the International Art Festival. You can produce artists like Sunazawa Viki. We will spread the art of Nibutani to the world of art and make it internationally recognized. how about that? Crafts, design, planning and related industries will improve

What should I do with the Ainu in Tokyo? Think about the Ainu people in Tokyo. How can I improve their standard of living? Why don’t we make a company? It is a Tokyo office that plans and sells Ainu culture and things like Nibutani crafts.It’s a thought to have an office in the Kyobashi Sugiyama building! Will it become profitable?How to sell 1 million yen each month?It depends on the idea. Start spreading footwear throughout Tokyo Ainu, making arts and crafts and getting wages, designing, planning, producing, event, event of Hokkaido based in Tokyo Anything can be done. we will pass all of Ainu related things here. It will be a agency. If they do not have talent, let Keio students help them.

Could the company name be Ainu Moshiri Co., Ltd.? It is a culturelly created company. They can manage it in their culture.

Ainu people lead cultured nation Japan and world.

 

Japan Investigation Center for Cultured Nation

KOREKIYO SUGIYAMA

 

 

 

Nobel Peace Prize CIVILIZATION CARE of a letter of recommendation of KOREKIYO SUGIYAMA for the Ainu Minority.

翻訳

少数民族が自らの文化興隆に立ちあがり、自国の文化と国力の増加を図るという気概を持ち、宗教、言語の尊重はもとより第一次産業、工芸などの文化振興から民族のアイデンティティを支え、少数民族の自立と国との共存共栄を図りながら経済発展につなげていく方途を私は探っている。

私財を投げうって少数民族であるアイヌの人々の文化興隆をギャラリー経営ではかり、また、暮らしにも目をやりギャラリーでアイヌの人々の収益を図ったり、数々の提案をしている。卒業制作が二風谷の イオル事業の施策化とチプサンケのお祭りのアイディア、京橋のギャラリー経営が二風谷の工芸品を経産省の伝統的工芸品の指定に導いて、私は、少数民族であるアイヌ文化の地である二風谷を勇気づけている。

アイヌ文化の振興が進みつつある。地道な取り組みが実をむすんでいる。伝統的工芸品の指定を受け、さらに北海道近代美術館でアイヌ美術工芸展が開催された。東京モーツァルトではここ8年間で年に5~6回アイヌ展が開かれている。若者がこぞって展示を行うようになり、文化の継承がうまくいっている。美術工芸が民族の核心になるだろう。二風谷では農林業と工芸が根付いている。林業経営の人材が育って欲しい。阿寒は、観光業である。一層の努力を。都市生活はどうだろうか。札幌は。?ここを何とかしたい。工芸の優位性を活かし職人としての訓練を国のマイスター制度主導で行い、高賃金を確保するのはどうだろうか。教育は?奨学金は出るようになったが、ここも工芸の優位性を鑑み美術工芸大学を誘致したらどうだろうか?デザイン、企画、商品開発などの知的産業が生まれるだろう。工芸の優位性を核にアイヌの未来を考えてみた。

和人ならアイヌの人々をなんとかしなければならない。厳しい差別と貧困に体制になじめなかったアイヌの人々は、今、徐々に心を開き始めている。日本に生まれたことを幸せと思えるような施策を一緒に考えたい。

渋沢敬三先生は、知里真志保を支え、分類アイヌ語辞典を完成させた。だから私は、武蔵野美術大学の分校を二風谷に作りたい。萱野茂さんの夢であり、私の卒業制作のアイディアでもある。シャモ(和人)がアイヌのことを考えたと萱野さんは、感慨深げだった。

ギャラリーモーツァルトを開いて8年目になる。アイヌの工芸品のために開いたギャラリーだ。大学は作れないが、作品の発表の場を東京に持つことはアイヌの人々にとって有意義だと思って建設した。30人位のアイヌの人が展示を行った。 成果がでている。経産省の伝統的工芸品に指定されたり、札幌の道立近代美術館でアイヌの美術工芸品展が開催された。何よりも若い人達が熱心である。継承がうまくいっている。アイヌ造形が民族の核になるだろう。文化保存活用への熱心さは和人も見習うべきだろう。結城幸司さんが5回展覧会を開き、評価が高まってきている。小淵沢のフィリア美術館で2ヶ月の展覧会が開かれた。アイヌの女性もギャラリーで雇った。アイヌの人達が自分達の力でギャラリー運営ができるようにと。

アイヌの人達と深い関わりを持つようになったのは萱野さんの『アイヌの民具』の刊行をお手伝いするために民具の実測図を描きに一ヶ月二風谷で合宿をした時からである。朝8時から夜中の12時まで描きまくった。考古学研究会に所属していたので狩猟採集民文化に夢中になった。建築学科の学生だったので卒業制作に二風谷の未来を図面化した。半年間二風谷のことを考えた。題は「コタンとイオル」である。二風谷に美術大学と博物館、住宅、道路、土地利用を考え、図面にした。狩猟採集民だったのでイオルというアイヌの人々の山利用の計画も考えた。アイヌの人々の造形的優位性ゆえに美術大学を村開発の中心に据え、工芸と農業と林業を生業とする村づくりである。狩猟採集から現代に適応する方途として美術と農林業を選択した。イオルは現在、イオル事業として実施されている施策であり、若い人が村に残ることができている。二風谷の人達が喜んでくれた。縁が深まった。

 

しかし、その後どちらも裁判沙汰になってしまった。二風谷は二風谷ダム建設で私の方は地上げで最高裁まで争った。これらのせいか二風谷の人達の気持ちはよくわかる。お互いが思いやれる。クラブツーリズムのツアーのお客様には二風谷ダムとアイヌ語学校をぜひ見て欲しい。

私の故郷、東京京橋にはアイヌ文化交流センターがある。二風谷に行き、萱野さんのお手伝いをし、半年かけて二風谷の卒業制作をやり、お互い裁判もやり、私の故郷京橋にアイヌのためのギャラリーを開き、交流センターもすぐそばにあると、アイヌの人々が身内のように感じる。厳しい差別だったなかでも僕のようなシャモ、シサムもいることを忘れないで欲しい。アイヌの民具実測図集が発刊された。相澤韶男先生と武蔵野美術大学生活文化研究会によるものである。萱野さんのアイヌの民具と国の有形民俗文化財の指定を受ける際に必要とされた図面集である。アイヌの物質文化研究が進むだろう。

クラブツーリズムが二風谷にゆったりプラン4泊5日のツアーを実施する。クラブツーリズムの親会社は近畿日本ツーリストであり、ツーリストの研究機関が宮本常一先生が所長であった日本観光文化研究所であった。ツアー実施決定に際し、この人脈を使った。うまくいってくれてよかった。クラブツーリズムのお客様はいい方達でしょう。二風谷の人達は友達になったらいい。旅人が思い思いの二風谷を楽しんで欲しい。地元も私も力んでいたので肩透かしを食ったようであるが旅を楽しむにはこういうツアーもいいだろう。

二風谷がブレイクしている。フィアット、大和和装、梅田阪急、新宿伊勢丹との取り引きが始まっている。てんてこ舞いである。ゴールデンカムイも好評連載中である。

東京のアイヌはどうしたらよいだろうか?東京のアイヌの人達のことを考える。生活水準を上げるには?会社を作ったらどうだろうか?二風谷の工芸品を始めとするアイヌ文化のモノやコトを企画・販売する東京事務所だ。

京橋杉山ビルに事務所を構えるのも一考だ!果たして採算があうだろうか?毎月100万円売り上げるには?

アイディア次第だろう。裾野を東京アイヌ全体に広げ工芸品の制作を行ない賃金を得ることを始めとし、東京を拠点にデザイン・企画・プロデュース、イベント北海道物産販売なんでもやる。アイヌ関係はすべてここを通す。総代理店である。人材がいなければ慶大生に手伝ってもらおう。

会社名は(株)アイヌモシリでは?文化創造カンパニーである。文化で食えるだろう。

アイヌが文化国家日本と世界を導く。

 

文化国家日本研究所

杉山是清

 

 

〓実践民俗学3 アイヌの未来

和人ならアイヌの人々をなんとかしなければならない。厳しい差別と貧困に体制になじめなかったアイヌの人々は、今、徐々に心を開き始めている。日本に生まれたことを幸せと思えるような施策を一緒に考えたい。

渋沢敬三先生は、知里真志保を支え、分類アイヌ語辞典を完成させた。だから私は、武蔵野美術大学の分校を二風谷に作りたい。萱野茂さんの夢であり、私の卒業制作のアイディアでもある。シャモ(和人)がアイヌのことを考えたと萱野さんは、感慨深げだった。

ギャラリーモーツァルトを開いて6年目になる。アイヌの工芸品のために開いたギャラリーだ。大学は作れないが、作品の発表の場を東京に持つことはアイヌの人々にとって有意義だと思って建設した。30人位のアイヌの人が展示を行った。 成果がでている。経産省の伝統的工芸品に指定されたり、札幌の道立近代美術館でアイヌの美術工芸品展が開催された。何よりも若い人達が熱心である。継承がうまくいっている。アイヌ造形が民族の核になるだろう。文化保存活用への熱心さは和人も見習うべきだろう。結城幸司さんが5回展覧会を開き、評価が高まってきている。小淵沢のフィリア美術館で2ヶ月の展覧会が開かれる。アイヌの女性もギャラリーで雇った。アイヌの人達が自分達の力でギャラリー運営ができるようにと。ゆくゆくは世田谷美術館でアイヌ美術工芸の企画展覧会を開くといい。。

 

アイヌの人達と深い関わりを持つようになったのは萱野さんの『アイヌの民具』の刊行をお手伝いするために民具の実測図を描きに一ヶ月二風谷で合宿をした時からである。朝8時から夜中の12時まで描きまくった。考古学研究会に所属していたので狩猟採集民文化に夢中になった。建築学科の学生だったので卒業制作に二風谷の未来を図面化した。半年間二風谷のことを考えた。題は「コタンとイオル」である。二風谷に美術大学と博物館、住宅、道路、土地利用を考え、図面にした。狩猟採集民だったのでイオルというアイヌの人々の山利用の計画も考えた。アイヌの人々の造形的優位性ゆえに美術大学を村開発の中心に据え、工芸と農業と林業を生業とする村づくりである。狩猟採集から現代に適応する方途として美術と農林業を選択した。イオルは現在、イオル事業として実施されている施策であり、若い人が村に残ることができている。二風谷の人達が喜んでくれた。縁が深まった。

 

しかし、その後どちらも裁判沙汰になってしまった。二風谷は二風谷ダム建設で私の方は地上げで最高裁まで争った。共和汚職事件で二風谷ダムに関わった元北海道開発庁長官阿部文夫(宏池会所属)を自白に追い込んだ検事は中学時代の友人である。これらのせいか二風谷の人達の気持ちはよくわかる。お互いが思いやれる。クラブツーリズムのツアーのお客様には二風谷ダムとアイヌ語学校をぜひ見て欲しい。

 

私の故郷、東京京橋にはアイヌ文化交流センターがある。二風谷に行き、萱野さんのお手伝いをし、半年かけて二風谷の卒業制作をやり、お互い裁判もやり、私の故郷京橋にアイヌのためのギャラリーを開き、交流センターもすぐそばにあると、アイヌの人々が身内のように感じる。厳しい差別だったなかでも僕のようなシャモ、シサムもいることを忘れないで欲しい。

 

アイヌの民具実測図集が発刊された。相澤韶男先生と武蔵野美術大学生活文化研究会によるものである。萱野さんのアイヌの民具と国の有形民俗文化財の指定を受ける際に必要とされた図面集である。アイヌの物質文化研究が進むだろう。

 

クラブツーリズムが二風谷にゆったりプラン4泊5日のツアーを実施する。クラブツーリズムの親会社は近畿日本ツーリストであり、ツーリストの研究機関が宮本常一先生が所長であった日本観光文化研究所であった。ツアー実施決定に際し、この人脈を使った。うまくいってくれてよかった。クラブツーリズムのお客様はいい方達でしょう。二風谷の人達は友達になったらいい。旅人が思い思いの二風谷を楽しんで欲しい。地元も私も力んでいたので肩透かしを食ったようであるが旅を楽しむにはこういうツアーもいいだろう。

二風谷がブレイクしている。フィアット、大和和装、梅田阪急、新宿伊勢丹との取り引きが始まっている。てんてこ舞いである。ゴールデンカムイも好評連載中である。

二風谷に野外美術館を創り、国際芸術祭を開こう。砂澤ビッキのような芸術家を輩出できる。二風谷の工芸を美術の世界に広げ、世界的にするのである。どうだろうか?工芸、デザイン、企画など関連産業が育つだろう。

 

東京のアイヌはどうしたらよいだろうか?東京のアイヌの人達のことを考える。生活水準を上げるには?会社を作ったらどうだろうか?二風谷の工芸品を始めとするアイヌ文化のモノやコトを企画・販売する東京事務所だ。

京橋杉山ビルに事務所を構えるのも一考だ!果たして採算があうだろうか?毎月100万円売り上げるには?

アイディア次第だろう。裾野を東京アイヌ全体に広げ工芸品の制作を行ない賃金を得ることを始めとし、東京を拠点にデザイン・企画・プロデュース、イベント北海道物産販売なんでもやる。アイヌ関係はすべてここを通す。総代理店である。人材がいなければ慶大生に手伝ってもらおう。

会社名は(株)アイヌモシリでは?文化創造カンパニーである。文化で食えるだろう。

 

アイヌの未来と夢を語った。