アイヌの未来

アイヌ文化の振興が進みつつある。地道な取り組みが実をむすんでいる。伝統的工芸品の指定を受け、さらに北海道近代美術館でアイヌ美術工芸展が開催された。東京モーツァルトではここ5年間で年に5~6回アイヌ展が開かれている。若者がこぞって展示を行うようになり、文化の継承がうまくいっている。美術工芸が民族の核心になるだろう。二風谷では農林業と工芸が根付いている。林業経営の人材が育って欲しい。阿寒は、観光業である。一層の努力を。都市生活はどうだろうか。札幌は。?ここを何とかしたい。工芸の優位性を活かし職人としての訓練を国のマイスター制度主導で行い、高賃金を確保するのはどうだろうか。教育は?奨学金は出るようになったが、ここも工芸の優位性を鑑み美術工芸大学を誘致したらどうだろうか?デザイン、企画、商品開発などの知的産業が生まれるだろう。工芸の優位性を核にアイヌの未来を考えてみた。

少数民族が自らの文化興隆に立ちあがり、自国の文化と国力の増加を図るという気概を持ち、宗教、言語の尊重はもとより第一次産業、工芸などの文化振興から民族のアイデンティティを支え、少数民族の自立と国との共存共栄を図りながら経済発展につなげていく方途を私は探っている。

私財を投げうって少数民族であるアイヌの人々の文化興隆をギャラリー経営ではかり、また、暮らしにも目をやりギャラリーでアイヌの人々の収益を図ったり、数々の提案をしている。卒業制作が二風谷の イオル事業の施策化と、京橋のギャラリー経営が二風谷の工芸品を経産省の伝統的工芸品の指定に導いて、少数民族であるアイヌ文化の地である二風谷を勇気づけている。

渋沢敬三先生は、知里真志保を支え、分類アイヌ語辞典を完成させた。だから私は、武蔵野美術大学の分校を二風谷に作りたい。萱野茂さんの夢であり、私の卒業制作のアイディアでもある。シャモ(和人)がアイヌのことを考えたと萱野さんは、感慨深げだった。

ギャラリーモーツァルトを開いて8年目になる。アイヌの工芸品のために開いたギャラリーだ。大学は作れないが、作品の発表の場を東京に持つことはアイヌの人々にとって有意義だと思って建設した。30人位のアイヌの人が展示を行った。 成果がでている。経産省の伝統的工芸品に指定されたり、札幌の道立近代美術館でアイヌの美術工芸品展が開催された。何よりも若い人達が熱心である。継承がうまくいっている。アイヌ造形が民族の核になるだろう。文化保存活用への熱心さは和人も見習うべきだろう。結城幸司さんが5回展覧会を開き、評価が高まってきている。小淵沢のフィリア美術館で2ヶ月の展覧会が開かれた。アイヌの女性もギャラリーで雇った。アイヌの人達が自分達の力でギャラリー運営ができるようにと。

アイヌの人達と深い関わりを持つようになったのは萱野さんの『アイヌの民具』の刊行をお手伝いするために民具の実測図を描きに一ヶ月二風谷で合宿をした時からである。朝8時から夜中の12時まで描きまくった。考古学研究会に所属していたので狩猟採集民文化に夢中になった。建築学科の学生だったので卒業制作に二風谷の未来を図面化した。半年間二風谷のことを考えた。題は「コタンとイオル」である。二風谷に美術大学と博物館、住宅、道路、土地利用を考え、図面にした。狩猟採集民だったのでイオルというアイヌの人々の山利用の計画も考えた。アイヌの人々の造形的優位性ゆえに美術大学を村開発の中心に据え、工芸と農業と林業を生業とする村づくりである。狩猟採集から現代に適応する方途として美術と農林業を選択した。イオルは現在、イオル事業として実施されている施策であり、若い人が村に残ることができている。二風谷の人達が喜んでくれた。縁が深まった。

しかし、その後どちらも裁判沙汰になってしまった。二風谷は二風谷ダム建設で私の方は地上げで最高裁まで争った。これらのせいか二風谷の人達の気持ちはよくわかる。お互いが思いやれる。クラブツーリズムのツアーのお客様には二風谷ダムとアイヌ語学校をぜひ見て欲しい。

私の故郷、東京京橋にはアイヌ文化交流センターがある。二風谷に行き、萱野さんのお手伝いをし、半年かけて二風谷の卒業制作をやり、お互い裁判もやり、私の故郷京橋にアイヌのためのギャラリーを開き、交流センターもすぐそばにあると、アイヌの人々が身内のように感じる。厳しい差別だったなかでも僕のようなシャモ、シサムもいることを忘れないで欲しい。アイヌの民具実測図集が発刊された。相澤韶男先生と武蔵野美術大学生活文化研究会によるものである。萱野さんのアイヌの民具と国の有形民俗文化財の指定を受ける際に必要とされた図面集である。アイヌの物質文化研究が進むだろう。

クラブツーリズムが二風谷にゆったりプラン4泊5日のツアーを実施する。クラブツーリズムの親会社は近畿日本ツーリストであり、ツーリストの研究機関が宮本常一先生が所長であった日本観光文化研究所であった。ツアー実施決定に際し、この人脈を使った。うまくいってくれてよかった。クラブツーリズムのお客様はいい方達でしょう。二風谷の人達は友達になったらいい。旅人が思い思いの二風谷を楽しんで欲しい。地元も私も力んでいたので肩透かしを食ったようであるが旅を楽しむにはこういうツアーもいいだろう。

二風谷がブレイクしている。フィアット、大和和装、梅田阪急、新宿伊勢丹との取り引きが始まっている。てんてこ舞いである。ゴールデンカムイも好評連載中である。

東京のアイヌはどうしたらよいだろうか?東京のアイヌの人達のことを考える。生活水準を上げるには?会社を作ったらどうだろうか?二風谷の工芸品を始めとするアイヌ文化のモノやコトを企画・販売する東京事務所だ。

京橋杉山ビルに事務所を構えるのも一考だ!果たして採算があうだろうか?毎月100万円売り上げるには?

アイディア次第だろう。裾野を東京アイヌ全体に広げ工芸品の制作を行ない賃金を得ることを始めとし、東京を拠点にデザイン・企画・プロデュース、イベント北海道物産販売なんでもやる。アイヌ関係はすべてここを通す。総代理店である。人材がいなければ慶大生に手伝ってもらおう。

会社名は(株)アイヌモシリでは?文化創造カンパニーである。文化で食えるだろう。

実践民俗学 1 – 民俗文化復活の現在的意味 –

私は今、わらび根掘りの民俗文化の復活に取り組んでいる。

消失した民俗文化を現代的解釈において蘇らせようとしている。わらび根掘りの論文をまとめたがその文化が消えてしまってはなんのための論文だかわからなくなったからである。学者として民俗文化の復活を試み、学問・文化の活用と実業の社会との架け橋になろうとしている。

学問なら誰にでもできる、でもこれを特に文化系において実業の世界と結びつけるのは難しい。学問の成果を利用し、営業もし、ブロカーもし、商売として成り立たせない限り、民俗文化を継承できないからである。京橋という商業地に生まれ、学問を志した人間にとって実業の世界との結び付くことは、単なる学問にはとらわれず、学問文化を社会、経済、消費との関わりの中で捉えることである。今の学問と実業の世界は、文化系においてはかけ離れている。学問の孤立化である。学問の成果を実業の世界、社会に援用するための人材作りと研究所などのシステム作りが望まれる。国立歴史民俗博物館、国立民族学博物館にはそちらにも目をやって欲しい。宮本先生は山村振興法や離島振興法を、川喜田先生はヒマラヤ技術協力などに尽力された。

私が学問と実業の世界、社会との関わりを考えるきっかけになったのは、20年間の裁判である。バブル経済華やかな頃、京橋の地で地上げに遭い、その後の家業のハンドバッグ製造販売継承により学問から一時離れた。裁判に勝利し、バブルをはじき、金融国家への移行をすんでのところで阻止した。その後の15年間、大手町などを始めとする日本の心臓部を歩き回り、今迄日本の僻地を歩き回っていたことの意味を問い直した。地方と中央の結び付きのあり方、そのための学問のあり方について考え、文化に対する考察を深めた。その結果が学問・文化の社会・経済への還元である。学問・文化活用による経済・社会の浮上である。実業の世界には政治献金よりも学問・文化・地方への投資、寄付をお願いしたい。国はこれらの投資、寄付を促すために税制の改革や助成金、褒賞などきめ細かな施策で誘導して欲しい。学問はこれに応えるため、社会、経済に貢献できる学問の成果を積み重ねてほしい。これによって相互の理解が進み、純学問的成果にも目が向けらるだろう。これらの文化・学問への施策、投資からGDPを2倍にする目標を立てるのはどうだろうか。あらゆる文化に注目して日本のサービスなどのソフトの振興や輸出などによって、ハードな生産製造産業GDPと比較して同額のGDPを生み出せるだせるかもしれない。

具体例として、飛騨のわらび粉を復活させたことと中世からの共有牧野の復活の計画をあげる。古くからわらび粉といえば飛騨が名産地だった。今から20年前、わらび根掘りの余りの過酷さに後継者がいなくなり絶えてしまった。これを文化継承の意味から復活を試みている。手掘りはバックホーに替え、水車はランパーに替えた。機械化したが、掘り方の勘どころや搗き方の原理はそのままである。文化継承は押さえてある。これにかかる人件費、施設費などの諸経費は立て替えている。今年度から本格的に稼働し、7日間かけて、10kgのわらび粉を生産した。取り引きは京都の菓匠会などの和菓子屋と行なっている。高価なため御茶席で使う高級な和菓子に利用されている。室町時代からの和菓子屋さんなどをまわり、手紙を書き、お訪ねし、サンプルを置いてきた。実際に伝統的調理方法をお教えし、新作制作のアドバイスもした。肝心の値段交渉はこれからであるが、希少価値ゆえ売り手市場なので強気にいきたい。駆け引きより、学問で培った誠実さと粘り强さを商売の信条にしたい。現在、2件の話しがまとまった。今も話し合が続いている。また、味の素や製薬会社から食品る、薬としての利用の引き合いがきている。わらび縄には造園新聞が関心を示している。学問を深めれば実業の世界ともきっと組めるだろう。営業もできるし、ブロカーもできる。視野を広く保ちながら学問を深めて欲しい。

これらの活動は、地元の人の協力の賜物である。地元のNPO法人に正会員として加わりいろいろな地域振興に力を貸している。復活を若い人が喜んでくれているのが嬉しい。きっと若い人が山村にもどり、文化を核にした地域活性化を担ってくれるだろう。飛騨のわらび粉を飛騨牛と並ぶ飛騨の2大産業にしたい。このような数多くの地道な地域振興策の取り組みがない限り内需拡大は遠い。道の駅に民俗資料館を併設し、日本橋三越の展示を見習うのもいいだろう。

民俗学徒、文化人類学徒が地域に一番お世話になっているのではないだろうか、感傷に浸っている場合ではない。学問を深め、何ができるか考えて活動しよう。今こそ出番で地域振興に尽くそう。

 

杉山是清  John

 

 

citekekarpeⅡ 2015年10月26日(月)~10月31日(土)

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熊山 五十(結城幸司)作品作品展 2015年10月12日(月)~10月17日(土)

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二風谷アイヌ工芸展2015 関根真紀 2015年10月5日(月)~10月10日(土)

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