飛騨わらび

天然わらび粉のご案内です。黒くなく飴色の餅になります。飛騨御嶽山の高原に自生する野生のわらび根から採ります、伝統的な生産の文化(採取、加工,,繁殖)方法によって生みだされる「飛騨わらび」は最高峰の品質を誇ります。「畑で栽培された」黒色のわらび餅とは違います。 

江戸時代以前からの伝統を引き継ぐ。わらび根掘りは日本の農耕の起源であろう。それ程古い。縄文時代からの日本人とわらび粉との付き合いを受け継ぐ野趣溢れるわらび粉を上質な和菓子としてどうぞご堪能ください。 作られたわらび粉は、村人の応援の賜物であり、村落家庭生活に還元され、地域活性化の一助となります
飛騨御嶽山の標高1500mの高原に広がる採取地のオバコ牧場は木曽義仲の中世から受け継がれている牧場で1000年の歴史があります。地元の岐阜県高山市高根町日和田は過疎化に悩みながらも前向きに故郷再生を実践している村です。

その味は口に含むとフワッと溶けます。本物の証しです。餅にすると飴色に変色し、強力な粘りがでます。切ることができません。笑ってしまいます。赤坂虎屋さんも関心を示されています。

どうぞ、おすそ分けします。村人共々作り上げた入魂のわらび粉です。真心こもった貴重な本物の味をご賞味ください。

わらび根の文化事象は 縄文農耕、農耕の起源、宮内庁御用、国宝修理、文化財、茶道、和菓子、和食、フレンチ、版画に及び、まさに文化であり、文化の深淵に臨んでいます。文化を担う一員になれた実感があります。

論文
・実践民俗学 1 – 民俗文化復活の現在的意味 –
・実践民俗学 3 山村振興の計画書—山村という新たな価値—
・実践民俗学4 桃源郷をつくる。-山村振興ネットワークを作ろうー
・実践民俗学5 山村と都市の脆弱性を救う生物多様性
・実践民俗学6 生物多様性から見た山村振興

◉ わらび縄のご用命 ◉ わらび粉のご用命 ◉ わらび糊のご用命

国立民族学博物館展示[杉山是清撮影]

◉ わらび粉(シロバナ)・・・・価格:4万円/kg
◉ 飛騨わらび・・・・価格:4000円/内容量:100g
最高峰のわらび粉です。Amazonでも販売しています。

hidawarabi-100g

お問い合わせ先 TEL:03-6228-6848
104-0031 東京都中央区京橋1-6-14 ギャラリーモーツァルト内 飛騨わらび

 

日和田のわらび縄が御所の御用を賜りました。宮内庁御用達です。 桂離宮の黒文字垣の垣結いに使われます。  栄誉です。 山村の新たな価値になります。 日和田が立ち上がりました。うまくいくかもしれない。

 

 

 

御所御用達 一般社団法人文化国家日本研究所

山村振興研究所・飛騨わらび

杉山是清

NHK総合にデビューです。!!!   日本の里山 「わらび育む山の牧場」が 4月5日(金)午前3時50分~4時までです。   録画してください!

NHK総合にデビューです。!!!   日本の里山「わらび育む山の牧場」が4月5日(金)午前3時50分~4時までです。   録画してください!

杉山是清はノーベル平和賞にノミネートされました。

 

 

社会には日の当たる場所と日の当たらない陰の場所がある。陰の人々は貧困、差別に苦しみテロ、内戦、などの社会不安の原因になっていた。本推薦は日本において陰の人々をいかに解放し、生活水準の確保を目的として日の当たる場所に導き、社会不安を解消し平和をもたらすかを記している。少数民族であるロヒンギャ難民問題解決に通ずるモデルケースとなる取り組みである.

①アイヌ振興

②在日韓国朝鮮人問題、裁判、殺人未遂

③15年間かけたタクシー業界正常化、若い人の未来。

④銀座の飲み屋街の闇

⑤汚物佐川急便45年間の追撃、黒幕・西武スキャンダル

⑥山村振興

 

 

①アイヌ振興

少数民族が自らの文化興隆に立ちあがり、自国の文化と国力の増加を図るという気概を持ち、宗教、言語の尊重はもとより第一次産業、工芸などの文化振興から民族のアイデンティティを支え、少数民族の自立と国との共存共栄を図りながら経済発展につなげていく方途を私は探っている。

私財を投げうって少数民族であるアイヌの人々の文化興隆をギャラリー経営ではかり、また、暮らしにも目をやりギャラリーでアイヌの人々の収益を図ったり、数々の提案をしている。卒業制作が二風谷の イオル事業の施策化と、京橋のギャラリー経営が二風谷の工芸品を経産省の伝統的工芸品の指定に導いて、少数民族であるアイヌ文化の地である二風谷を勇気づけている。

アイヌ文化の振興が進みつつある。地道な取り組みが実をむすんでいる。伝統的工芸品の指定を受け、さらに北海道近代美術館でアイヌ美術工芸展が開催された。東京モーツァルトではここ8年間で年に5~6回アイヌ展が開かれている。若者がこぞって展示を行うようになり、文化の継承がうまくいっている。美術工芸が民族の核心になるだろう。二風谷では農林業と工芸が根付いている。林業経営の人材が育って欲しい。阿寒は、観光業である。一層の努力を。都市生活はどうだろうか。札幌は。?ここを何とかしたい。工芸の優位性を活かし職人としての訓練を国のマイスター制度主導で行い、高賃金を確保するのはどうだろうか。教育は?奨学金は出るようになったが、ここも工芸の優位性を鑑み美術工芸大学を誘致したらどうだろうか?デザイン、企画、商品開発などの知的産業が生まれるだろう。工芸の優位性を核にアイヌの未来を考えてみた。

和人ならアイヌの人々をなんとかしなければならない。厳しい差別と貧困に体制になじめなかったアイヌの人々は、今、徐々に心を開き始めている。日本に生まれたことを幸せと思えるような施策を一緒に考えたい。

渋沢敬三先生は、知里真志保を支え、分類アイヌ語辞典を完成させた。だから私は、武蔵野美術大学の分校を二風谷に作りたい。萱野茂さんの夢であり、私の卒業制作のアイディアでもある。シャモ(和人)がアイヌのことを考えたと萱野さんは、感慨深げだった。

ギャラリーモーツァルトを開いて8年目になる。アイヌの工芸品のために開いたギャラリーだ。大学は作れないが、作品の発表の場を東京に持つことはアイヌの人々にとって有意義だと思って建設した。30人位のアイヌの人が展示を行った。 成果がでている。経産省の伝統的工芸品に指定されたり、札幌の道立近代美術館でアイヌの美術工芸品展が開催された。何よりも若い人達が熱心である。継承がうまくいっている。アイヌ造形が民族の核になるだろう。文化保存活用への熱心さは和人も見習うべきだろう。結城幸司さんが5回展覧会を開き、評価が高まってきている。小淵沢のフィリア美術館で2ヶ月の展覧会が開かれた。アイヌの女性もギャラリーで雇った。アイヌの人達が自分達の力でギャラリー運営ができるようにと。

アイヌの人達と深い関わりを持つようになったのは萱野さんの『アイヌの民具』の刊行をお手伝いするために民具の実測図を描きに一ヶ月二風谷で合宿をした時からである。朝8時から夜中の12時まで描きまくった。考古学研究会に所属していたので狩猟採集民文化に夢中になった。建築学科の学生だったので卒業制作に二風谷の未来を図面化した。半年間二風谷のことを考えた。題は「コタンとイオル」である。二風谷に美術大学と博物館、住宅、道路、土地利用を考え、図面にした。狩猟採集民だったのでイオルというアイヌの人々の山利用の計画も考えた。アイヌの人々の造形的優位性ゆえに美術大学を村開発の中心に据え、工芸と農業と林業を生業とする村づくりである。狩猟採集から現代に適応する方途として美術と農林業を選択した。イオルは現在、イオル事業として実施されている施策であり、若い人が村に残ることができている。二風谷の人達が喜んでくれた。縁が深まった。

しかし、その後どちらも裁判沙汰になってしまった。二風谷は二風谷ダム建設で私の方は地上げで最高裁まで争った。これらのせいか二風谷の人達の気持ちはよくわかる。お互いが思いやれる。クラブツーリズムのツアーのお客様には二風谷ダムとアイヌ語学校をぜひ見て欲しい。

私の故郷、東京京橋にはアイヌ文化交流センターがある。二風谷に行き、萱野さんのお手伝いをし、半年かけて二風谷の卒業制作をやり、お互い裁判もやり、私の故郷京橋にアイヌのためのギャラリーを開き、交流センターもすぐそばにあると、アイヌの人々が身内のように感じる。厳しい差別だったなかでも僕のようなシャモ、シサムもいることを忘れないで欲しい。アイヌの民具実測図集が発刊された。相澤韶男先生と武蔵野美術大学生活文化研究会によるものである。萱野さんのアイヌの民具と国の有形民俗文化財の指定を受ける際に必要とされた図面集である。アイヌの物質文化研究が進むだろう。

クラブツーリズムが二風谷にゆったりプラン4泊5日のツアーを実施する。クラブツーリズムの親会社は近畿日本ツーリストであり、ツーリストの研究機関が宮本常一先生が所長であった日本観光文化研究所であった。ツアー実施決定に際し、この人脈を使った。うまくいってくれてよかった。クラブツーリズムのお客様はいい方達でしょう。二風谷の人達は友達になったらいい。旅人が思い思いの二風谷を楽しんで欲しい。地元も私も力んでいたので肩透かしを食ったようであるが旅を楽しむにはこういうツアーもいいだろう。

二風谷がブレイクしている。フィアット、大和和装、梅田阪急、新宿伊勢丹との取り引きが始まっている。てんてこ舞いである。ゴールデンカムイも好評連載中である。

東京のアイヌはどうしたらよいだろうか?東京のアイヌの人達のことを考える。生活水準を上げるには?会社を作ったらどうだろうか?二風谷の工芸品を始めとするアイヌ文化のモノやコトを企画・販売する東京事務所だ。

京橋杉山ビルに事務所を構えるのも一考だ!果たして採算があうだろうか?毎月100万円売り上げるには?

アイディア次第だろう。裾野を東京アイヌ全体に広げ工芸品の制作を行ない賃金を得ることを始めとし、東京を拠点にデザイン・企画・プロデュース、イベント北海道物産販売なんでもやる。アイヌ関係はすべてここを通す。総代理店である。人材がいなければ慶大生に手伝ってもらおう。

会社名は(株)アイヌモシリでは?文化創造カンパニーである。文化で食えるだろう。

 

 

②在日韓国朝鮮人問題、裁判、殺人未遂

バブル期に地上げに遭い嫌がらせを散々された。これを逆手に取り、嫌がらせの正体を探ると社会の闇が現れた。その原因である差別解消を目指す。社会の闇の原因である民族的、歴史的、などの差異を越えて信じ合えるやさしい社会を作るために、悪いことは悪いと認め、当事者間が社会的存在になり、お互いを認識し互いの立場を理解することで差別はなくなる

第一勧業銀行銀行と商工中金はこの30年、不正を繰り返している。バブル期には先頭を切って地上げ屋に過剰融資をし 、地価高騰の元凶となり、庶民のマイホームの夢を奪い去った。 金融国家を目指すべく金融資本の暴走を画策し、日本の進路を誤らせた。 総会屋に対する反社会的融資も問題になった。 2回のATM不祥事 そして今回の暴力団組員への反社会的融資である。 私達家族はみずほ銀行(当時第一勧業銀行)により苦渋を舐めさせられた。当時、京橋はバブル発祥の地とされ、満井忠夫(済州島出身、逮捕留置中)率いる三正による執拗なまでの地上げがおこなわれていた 。父親は就寝中にガラスを割られ頭を狙われ命を狙われた。犯人を捕まえ逮捕した。この殺人地上げ屋に最も融資を行っていたのが第一勧業銀行麹町支店である。私は地上げ屋が所有する土地を一筆一筆調べ、法務局に行き登記簿謄本により抵当権を友人とともに調べ、集計した。最融資元が第一勧業銀行麹町支店だった。友人は第一勧業銀行麹町支店に出向き、融資を閉めるよう抗議に行ったが、支店長は面会を拒絶した。その後、第w)€ョ豐・閥箙垤軣・拇垢惑兩笋箸覆辰拭・・€凾タ地上げにあって20年たって解決した。地裁でインチキ弁護士にひっかかり敗訴、高裁でさくら共同法律事務所の弁護で逆転勝訴、最高裁判所の判決がでるまで7年かかった。地上げ屋への銀行融資額集計リストを地裁判決の記者会見で発表すると翌日には株価が暴落した。バブルをはじいてやった。 渋沢栄一、渋沢敬三が道をつけた日本資本主義は、着実な道を歩む。

 

 

③15年間かけたタクシー業界正常化、若い人の未来

山の手線内を15年間歩いた。大手町2年半、銀座の飲み屋街2年半である。タクシー7~8台に待ち伏せされて後をつけられた。税務大学校前での事である。そうやって気付かせ、東京無線タクシーすべてを敵に見せ、精神衰弱を誘うのだろう。私には在日韓国朝鮮人にたいする差別意識はなかったのでなんでもなかった。こんな事をやってるから差別されるんだろうと思った。同時に差別解消にはこれをやめなければならないと考えた。これをやめれば差別がなくなるとも。日本交通の品川と千住営業所やkm交通の千住、浅草の営業所にも立ち黄色を見せた。4度5度と。殺人不動産業者満井忠夫は罰せられたので気にならなかった。タクシー業界は正常化してきている。日本交通、km、東京無線などが心を合わせているみんな喜んでいるだろう。差別がなくなるのだから。今度は日本国が一歩踏み出さなければない。タクシー業界のために知恵を出し合っている。警察と協力してハザードランプの黄色の衣服を着てパトロールを続け指導する。さらに運送、タクシー会社に反省を求め、許し、その上に立って慈悲の心により差別の根絶を図る。

若い人の仕事を考える。食品関係を大きくしたらどうだろうか?_喫茶店やレストランで務めているのを見かける。経営者になる人もいるだろう。もっと大きくして成城石井のような食品スーパーやオイシックスのような野菜通販やレストラン,喫茶店経営を連結させ生産から販売、消費までを扱う食品会社はどうだろうか?。食品をホーリスティックに扱う企業を興すのである。起業しろ!勘が働くのではないかな?ロッテのような仲間もいるし、散らばっている仲間の知恵を集める。力を結集できるだろう。目標を高く持って、おいしいものを食べて舌を鍛えておけ!キャリアを積んでおこう!

ロッテは若い人のために会社を開放し、インターンシップを利用して若い人のキャリアアップをはかれ!同胞だろう!

 

 

④銀座の飲み 屋街の闇

西五番街通、を入り最初に銀座の 入り口のバー、ロートレックの黒服にチェックを入れる。一方通行を逆行して一定方向に並木通り、金春通りを抜け、元に戻るのを繰り返す。10時半ごろから朝2時半ごろまで黄色を着て歩くのである。ノンストップである。2年半の間、土日を除く毎日歩いた。1時になるとタクシーが列をなして入ってくる。白タクも止まっている。タクシー運転手に黄色を見せるのである。チェッカー無線タクシーを見かけると勇気が出てきた。国税庁が銀座の女王と呼ばれるバーのマダムを摘発した。銀座の闇のネットワークが寸断された。光は銀座からである。ロートレックも廃業になった。

若い人へ   夜の銀座の午前3時のバックアップ

銀座を歩いて2年半後出合いいがしらに猛スピードのバンにはねられそうになった。あの瞬間を見てくれた2人、元気ですか?君達がいなければ、もう少しで犬死でした。ありがとう!幸せな結婚をしてくださいね。銀座通りであいましたね。俯き加減の彼女、元気ですか?全然眠くなさそうだった彼も元気ですか?_おかげさまで僕はご存じの通り元気にやっています。警察をさらに信用しています。Gメンもがんばれ!心して行け!! また、どっかで会いましょう。昼の銀座がいいかな!

やってよかった!!

 

 

⑤汚物佐川急便45年間の追撃、黒幕・日本経済新聞・西武スキャンダル

佐川急便に45年間つきまとわれている。日曜日を除く営業時間中毎日である。25年間我が家の前のパーキングに停めた。その後ギャラリーの前にも停めている。8年間である。店の中を覗く、睨みつける、注意すると佐川急便の運転手松本は殴る、10数回蹴られた。伊藤は台車をぶつけた。傷害罪である。これに対し45億円の損害請求、慰謝料請求訴訟を準備中である。日通も西濃もよくなった。運輸業界は正常化してきているが残る粗大ゴミは佐川急便である。警察は佐川急便の悪事の裏を取っている。日本経済新聞と西武が黒幕と言っている。刑法違反の暴対法違反と共謀罪法違反である。起訴する。組織的犯罪者集団であり、元暴力団員を雇い、45年間つきまといを続けている。女性も狙っている。中目黒銀座のマンションの前で女性の帰りを待ち伏せするようにトラックを停めるのを何回も警備した。飯田橋ケンブリッジイングリッシュスクールに通う学生の個人情報をスクールを脅かし譲り受けていた。私は受け渡し現場を目撃し、ドライバーも職員も識別できる。生き証人である。東証は、上場を認めれば佐川急便と同罪になり社会、警察の恨みを買うぞ。東証にも倫理感はあるだろうな日経平均が下がるぞ。木曽福島で3回、高山市朝日村で1回、越後湯沢で1回佐川のトラックに付け回された。電車に乗って私立探偵が尾行するのである。 

佐川急便を社会から消し去る。私は45年間、佐川急便と向かい合っている。佐川の張り番である。付きまといも受けている。ここ2~3年は毎日のように昼休みになると来襲して来る佐川急便の5~6台の車にスクランブルをかけている。車道を黄色を着て歩くのである。佐川急便の車番を取り、顔と名前を覚え、相手の体調までわかる。定点、定時捜査である。車道を歩いていて佐川急便にはねられそうになったこともある。「はねるぞ!」と威嚇されている。

 

 

⑥山村振興

山村は陰の場所である。しかし、国土の70%は山間地である。この有効利用が日本の命運を左右する。対象地である岐阜県高山市高根町日和田地区は隔絶山村であり、人口は200人弱の限界集落である。古くからのわらび粉生産の伝統産業もすたれ、文化だけでなくコミュニティも衰退しつつある。

本事業は、過去において貴重な現金収入源であり、重要民俗であったわらび粉とわらび縄の復活を中心に、牧野という山地利用の一形態を追及し、そこに展開される文化の価値と生産の価値の両者を合わせ持った高収入源の特産品を、町民の所得向上と山村文化問題の解決をはかる目的で、都市が望む本物を生む山村という新しい価値を創出することにより、山村と都市の本物欠如の脆弱性の打破につなげ、山間地の有効利用の施策の策定を目的とする。

日和田地区は日本全国の山村と同様に人口減と高齢化によって限界集落になっている。産業は、土地が狭小であり標高1300m前後で稲作は困難である。そのため、収入源は限られ、畑作では狭小な土地で飛騨ホウレンソウ、高根コーンの高冷地野菜と稗や火畑蕎麦などの雑穀を生産している。その中にあって、日和田地区では1000年の歴史ある放牧地で展開されていた日本の農耕の起源を示唆するわらび粉生産が細々と継承されている。わらび粉は昭和時代は高価に取り引きされてきたが今はすたれてしまい、復活を試みているところである。わらび粉生産を高冷地野菜栽培とともに主産業にするもくろみである。一般には本物のわらび粉生産がなくなり、純粋なわらび粉が使用されていない、まがい物が広くでまわり、わらび粉を使用した食文化が失われている。そのような中で一部の高級料理店や和菓子店では本物のわらび粉を使用した料理などが提供され食文化の復活が図られてきている。食材としての本物のわらび粉が求められているが、提供できる生産者は極めて少ない。飛騨のわらび粉は本物生産をめざして、伝統的な本物のわらび粉の生産の文化(技法や工程、繁殖方法)を復活させ安定供給を図る。古くから御所や二条城、修学院離宮の垣縄として利用されてきたわらび縄は、全国の山村で生産されていたがすたれ、文化財の修復に困難をきたしている。わらび縄の供給を増やさなければならない。わらび縄の製縄術は日和田が日本最後の伝承地である。これを継承し、利用を促進することにより収益となる。また、わらび糊にも利用され国宝の古い日本画の修復などにも使われる。国の宝である文化財保護につながり町民の誇りとなり、山村の山地の有効利用につなげ全国の山村振興を促進する。

山村の荒廃は文明の危機である。文明の興亡は山利用とのバランスにかかっている。その復活は、わらび粉にみられるように、文化の探究から生み出される本物の価値を広く普及させることであり、学問の社会化と新しい価値を生み出すことにある。山村と都市の結びつきのなかで、本物の価値欠如による脆弱性を打破し、文化の探求による、本物の産出という山村の新しい価値を生み出すことは、両者の相互依存を密にし、そのことは、 脆弱な、都市文明と山村になっていくなかにあって、山村と都市の両者を同時に成り立たせる方策となる。本物の価値の追求は山村と都市の重大課題である。このままでは山村が見捨てられ都市も衰退する。学問による文化の多様性の追求が山村という新しい価値を生みだし、それが、都市を支え文明を生み育てるという観点に立ち、文明の難題を解決する。

杉山是清

山村振興の計画書 —山村という新たな価値—

日本の歴史上の希少価値生業民俗であるわらび根掘りの調査、復活、保存、活用、継承に人類学者生命をかけている。私がやらなければやるものがいない。使命である。こんな貴重な民俗はない。

実践という文言を使い、民俗の活用・継承に意を払うならば単なる学問の範疇だけでなく、実業の世界に踏み出さなければならない。人類学に留まっていれば活用・継承には至らない。営業もやれということである。実業の世界と学問の世界を繋ぐ学問が実践民俗学である。消えゆく民俗を手をこまねいて感傷に耽って見てる場合ではない。人類学者ならなんでもやれ!お金が必要であれば基金をつくったらどうだろうか?

人類学者として調査をやりその民俗を熟知し、プライドが生まれれば営業しても相手が話しを聞いてくれる。学問で養った誠実さと粘り強さである。また、人類学は歩く学問である。貴重な民俗継承のためだと思うと歩くことも営業や各種試算も苦にならなかった。学問的価値がわからないと力が湧かなかっただろう。これがエネルギーとなっているのでなんでもできる。プロジェクト全体を動かすことは私にしかできないかもしれない。

村人は営業をとって来たことをことの他喜んだ。村が湧いた。これが村の力になるんだと思った。誰もがああすればいい、こうすればいいという。でもこの一歩を踏み出すのが仕事だった。3つも営業を取った時、私も村人もプロジェクト成功の第一歩を踏みだしたと確信した。

新たな価値となる山村は、文化の掘り起こしと活用により山村の新しい価値を生み、文明の危機である森林資源の荒廃による、山村の経済の脆弱性と都市の脆弱性の両者を文化の掘り起こしにより森林草原の有効利用をはかることによって救い、生態系サービスの草原の再活用による在来知のわらび粉生産とわらび縄生産による経済達成とコモンズの醸成により新しい価値を生みだす。 経済の独立とコミュニティの強化は社会の自立性を高め地方自治の根本になり、、これによって小単位でかつ高価値ゆえの高価値・高濃度となり、地方自治の一単位である山村が新しい価値になり、この結果、コミュニティとしてお互いを支え合うことでこれらは、社会保障問題も解決できるというモデルケースとなるだろう。

 

 

Ⅰ.    目的 日本の国土の70%は山間地である 。山村はその機能保全の役割を担ってきた。しかし、今、山村の疲弊が急速に進み山間地は機能不全に陥いりつつある。本計画は、国土の有効利用を図るため、山村における放棄された中世以来の伝統ある共有牧野の有効活用による生態系サービスの回復を通して在来知であるわらび粉生産の復活をはかり、産業の振興という生活基盤の安定化と、共有地ゆえの地域住民レベルでの資源保全の有効な手法として,または地域共同体(コミュニティ)のあり方そのものとして、これらのコモンズを通した産業の振興と共有牧野の管理利用を村落共同体強化という物心両面にわたった活性化に基づいた自立的社会保障の萌芽を目指すことによって山村の危機を救い、しいては国土の保全を計るというものである。    対象地域となる岐阜県高山市高根町日和田は高山市街から50分の距離にあり、御嶽山の標高1300mの隔絶山村である。調査地点は、日和田から30分の距離御嶽山の標高1500mの高地高原のオバコ牧場である。

本計画は調査、実践からなる。 調査活動において杉山らは、大学、大学院時代に宮本常一先生、川喜田二郎先生の指導、薫陶を得て、かつ安家プロジェクト岩手県岩泉町安家、北上プロジェクト岩手県遠野市附馬牛町の調査を行なった。いずれも山村活性化のための調査であり、杉山の調査結果は筑波大学修士課程環境科学研究科修士論文にまとめられている。また、90日間をかけ原付に乗り3500kmを走破して西日本の山村においてワラビ粉生産と山村生活調査を行っている。        飛騨地方のワラビ粉調査は、遠野市附馬牛町の調査で飢饉の時に救慌食として利用されたワラビ粉の生産力に注目して、実際ワラビ根採取を行っているフィールドを探し出した。そして5年に渡り飛騨地方のワラビ根堀の調査を行ない、1990年度   第4回  日本民具学会研究奨励賞受賞「ワラビの地下茎採取活動」(『民具マンスリー』第22巻7・8・9号、1989所収)にまとめた。日本における農耕の起源を示唆する貴重な民俗であることが判明した。しかしその後、生産者の跡継ぎがおらず、生産が途絶えてしまい、学問の限界を知り、今、村人と共にワラビ粉生産の復活に乗り出している。民俗文化復活と地域活性化の試みである 。

実践の活動は、現在、現地のNPO法人に加わり、ワラビ粉生産を立ち上げ一昨年10kg、昨年35kgのワラビ粉を生産した。活性化の核にする試みである。このことは、『民具マンスリー』「実践民俗学ー民俗文化復活の現代的意味ー」48巻5号に詳しい。学問と実社会の垣根を取り払い学問の社会化を目指す。民俗文化復活のために学者が営業をやるのである。また、ワラビ粉生産という農耕の起源の証左となる貴重な民俗は、在来知の再評価を生み、貴重さゆえ、高収益による経済価値を生むのである。    その目的は、中世以来の林地と化した牧場の伐採による再生整備は、60haのワラビ草原の実験圃場をつくりワラビ粉生産の可能性を研究するためその労力、費用、諸経費として計上する。また、野草と牧草とワラビを混植した植生の牧場を生み出し、わらび粉と飛騨牛の生産を可能にするものであると同時にワラビ摘み、蜂蜜採取、薬草採取などの多機能の利用を通して山地における生活文化の振興と、生態系サービスという新たな生態系機能の回復をもたらすことである。

縄文期からの日本の農耕の起源を示す貴重な民俗であり在来知のわらび粉生産の復活は、その貴重さゆえに飛騨における文化価値の上昇をもたらし、高価であるため高収益をもたらす現金収入源となり、山地を利用した第一次産業活性化による山村活性化の核にすることを目的とする。雇用者の年間収入の15%~20%増加と4~5人の短期新規雇用を目指す。製縄者に対しては4000円前後の日当を支払う。

また、出資者に対し配当金を配り、多くの出資者を集めることによって村落全体の所得向上を図る。これらを支えるためわらび粉生産を拡大、安定化させるため林地の伐採によるわらび植生増加のためのオバコ牧場の再生が必要となる。これと平行して営業や通販によって飛騨のわらび粉の周知と販路の拡大をはかる。    コモンズである共有地ゆえの経営や管理の共同化は、村落共同体を強固なものにし、コミュニティを活性化させる。 「飛騨わらび」などの生産する組合などを設立し、村内の3軒の企業や村民を株主化する。ワラビ粉販売等の利潤は、積み立てをし、牧場開発や水車小屋、堆肥、その他の共用や村落生活の発展に使う 。牧野の管理は、牧柵作りや肥料撒、見回りなどの共同管理をするなどによって生産の共同性やコミュニティを強化する。

この調査研究の成果を生かし、若者が取り組める施策の研究活動や生産の動きなどの手助けをする山村振興研究所を設立したい。この研究所の生産的、社会的活動は、山村の地域社会に共有され、山村活性化の創出活動の拠点となるだろう。     これらの物心両面にわたる活性化は、その効果により広く村落内に行き渡り村落社会を高揚化させて相互扶助に基づく自立的社会保障の萌芽を醸成させ山村の危機を救うことになりだろう。

 

 

Ⅱ.計画・方法 コモンズである260haの共有牧野の整備計画である。生態系サービスである在来知のわらび粉生産、飛騨牛などの第一次産業を振興させ、コミュニティの力を醸成し、コモンズの活性化を通してコミュニティの活性化を狙う。    本計画は2年間でワラビ根の採取地となる圃場をつくることである。現在260haの牧場は樹林地になっており平坦地である60haの実験圃場をつくるために住民参画により切り捨てによる林地伐採し、その後のワラビ粉生産の可能性や植生変化を研究するためその労力、費用、諸経費として計上する。   燃料費と若干の賃金を払う。1ha当たりの作業員数を15人として伐採は10カ年計画とし260haの林地のうち、平坦地60haの伐採を最初の2年で行なう。使う燃料費は60万円になる。人工は6000円×15人×60haで540万円となる。弁当持参、車両の燃料費はプロジェクト側で負担する.チェーンソーは購入するものとする    伐採終了後、ゾーン分けをし、野草、ワラビ、チモシー、ホワイトクローバーそれぞれのゾーンの整備をする。 チモシー10haとホワイトクローバーゾーン10haに播種を行う。わらび、野草、牧草の育成に3~4年を要し、其の間、わらび根採取を始めとする採取活動や牛の放牧は行わない。牛の放牧は、高根町在住の若者の牛を放牧する。放牧による伝染病感染を回避するため、少数の飼養者同志が知り合っている牛を放牧する。  多くの数ではない。     わらび根採取作業を行う。標高1300メートルにある日和田集落から30分かけて軽トラックで牧場に向う。牧場でのわらび根採取作業は、4時間かけて、短期雇用した3人の村人と行う。バックホーを用い唐鍬を使って芝を剥ぐように地下10センチに伸びる地下茎を80kg程掘り取る。枝分かれした根を選別し、地下茎の繁殖部分を後年の繁殖のために埋め戻し、澱粉を蓄えた地下茎を集落まで持ち帰り、水洗し、10kg程に分けて搗く。この搗く工程を3回繰り返す。これが当日の残り4時間の作業である。この採取、加工の作業を計1週間行う。1日4kgのワラビ粉の産出量であるから7日で28㎏となる。このようにして、今後1ヶ月で100kgの生産を目指す。    ワラビ根の加工は、沢に鉄パイプで足場を組み、その上に船2台とこし器を置く。ワラビ根を搗くためにワラビ石を設置する。水はホースで沢から引き、搗いたわらび根の洗浄と澱粉の沈殿に使う 。ランマーで搗いたワラビ根は船で洗い、こし器を通して沈澱させる。   経営は、「飛騨わらび」を生産する組合などを設立し、NPO法人と共同し村内の3軒の企業や村民の株主化を進める。また、わらび粉販売等の利潤の一部は、積み立てをしてNPO法人の監査の元、生産、管理の共同化、村落生活の発展に使う。コモンズ再生の原資となる。    雇用者の年間収入の15%~20%増加と4~5人の短期新規雇用を目指す。製縄者に対しては4000円前後の日当を支払い、また、出資者に対し配当金を配り、多くの出資者を集めることによって村落全体の所得向上を図る。これらを支えるためわらび粉生産は、わらび粉100kgを生産することによって30日間の稼働で一人当たり年間30万~50万の収入増をもたらす計画である。このために販路の拡大を計り、サンプルを持って東京、京都の和菓子屋に営業にまわる。また、引き合いのあるフランスや海外にも進出する。 ネット通販を利用して販売と広告を行う。ホームページを作成し飛騨のわらび粉を周知させ、販売促進やわらび粉を利用した6次産業化に使う。

コモンズである共有地ゆえに経営や管理の共同化によって村落共同体を強固なものにする。コモンズの活性化により日和田全体が一丸となってコミュニティの力を高める計画である。ワラビ粉販売等の利潤は、積み立てをし、牧場開発や水車小屋、堆肥、その他の共用に供する。牧野の管理は、牧柵作りや肥料撒、見回りなどの共同管理をするなどによって生産によるコミュニティを強化する。コモンズの原資となる。

わらび縄をなう会の設立は、在来知による技術の伝承を若い人を交えて行い、また、歴史あるわらび縄は御所、二条城などの皇室関係の文化財の修復に使われるため村人の誇りとなる。    日和田内の村人が経営する蕎麦屋において、国産随一の混ぜ物のない純度100%の飛騨のわらび粉で作ったわらび餅を提供し、日和田でしか食べられない名物とし集客を図る。フランスのフランス料理店が注目している。海外への進出を図る。わらび粉の生産拡大と雇用の拡大につながり、わらび餅の名店に納品することによって文化的には日本本来の和菓子文化を取り戻すことにつなげる。このことを通して高山市の観光価値を高め、コミュニティの核の一つとする。  これらの山村の取り組みの計画に対して地域の人々は様々な関心を呼び起こし社会が相互扶助による信頼により、その努力を手助けするようになり村内の高揚感を高めることにつながり、物心両面にわたる山村コミュニティ維持強化策により自立的な社会保障の萌芽を醸成し山村を救う。

 

 

Ⅲ.  計画の準備状況 計画の準備段階は5年目である。調査論文にも5年間を費やしているので今回の計画の準備には10年間を費やしている。論文は1990年度   第4回日本民具学会研究奨励賞受賞「ワラビの地下茎採取活動」(『民具マンスリー』第22巻7・8・9号、1989所収)にまとめた。。現在、現地のNPO法人に加わり、実践のための基礎調査に5年を費やし、ワラビ粉生産部長として生産に従事している。村人を3人短期雇用し、NPO法人の事業の一環としておこなっている。このことは、『民具マンスリー』「実践民俗学ー民俗文化復活の現代的意味ー」48巻5号に詳しい

準備段階の3年間は放牧地において小規模の採取しか認められず、荒廃農地にわらびの人工栽培を試みた。人工栽培がうまく繁殖せず、わらび植生確保のため放牧地の採取許可をお願いした。その後4年目、5年目の実施段階において、本格稼働にはまだまだであるが、採取が2年目に入り、4年目に10キロ、5年目に35キロを生産している。東京や京都の和菓子店に営業に行き、販売の実績は東京虎屋、小石川一幸庵、京都蕭月の3軒に納入を決めた。また、フランスのフランチレストランから引き合いがあった。来年の納品になるだろう。本格稼働になるためにはさらなる販路の拡大が必要となる。

また、わらび粉を生産する段階で残る繊維から作れるわらび縄が日和田のわらび縄として宮内庁の御用を賜わろうとしている。 サンプルを納品し京都の業者と価格設定を行なっている。    そのために、わらび植生の不足が課題になっている。この解消のため隣接の共有牧野のオバコ牧場の有効利用によりわらび植生の確保をはかろうとしている。現在、共有地であるため共有牧野の地権者の了解をとっている。 NPO法人Y.I.Kは山村振興活性化のために作られ、全面的支援を受けている。杉山は理事としてNPO法人に加わり、わらび粉生産部長として生産・販売の前面に出て全権を担なっている。 このチームのメンバーには高山市元基盤整備課長が参加し、山村振興に加わっている。 日和田の雇用者は、これらの動きにより年間収入を10万円~20万円増やしつつあり、短期雇用を3人増やした。若者の参入も呼びこんでいる。わらび粉やわらび縄の社会的価値が高まることによって村人は誇りをとりもどしつつある。 これらを確固たるものにしたい。

本計画は川喜田二郎(1980)の安家プロジェクト「生態系把握と住民参画に基づく山岳諸地域の活性化に関する比較研究  」を元に山村における活性化研究をより実践面に重きをおいている。 Ⅳ.期待される成果    牧場の整備による植生から生み出される、生態系サービスであるわらび、野草、牧草は圃場の調査結果からワラビ粉、飛騨牛、ワラビ摘み、蜂蜜、薬草などを生み中世からの牧野の生態系機能回復による生態系サービスの回復が予想される。これは山村の生態史における文化復元を意味し、こうして眠れる牧野の生産性や文化的価値を輝かせ、山村の価値を向上させる。    現在の採取地において、わらび粉100kgを生産する30日間の稼働で一人当たり年間30万~50万の収入増になる。200kgの生産量となれば倍額の収入増になる 。複合経営であるため短期雇用であるが集落内に5人以上の雇用を確保できるだろう。将来的に、わらび粉生産に関してオバコ牧場のコモンズの再生が進めば一層の収入増と雇用増加が見込める。地産地消の六次産業化とあいまって第一次産業が振興するだろう。

また、文化の掘り起こしによって確認された、わらび縄の製縄による収入は、文化財利用が正式に認められれば、オバコ牧場の再生が進むことによってわらび縄の製縄量も増え収益も増える。御所、二条城など神社仏閣庭園などの文化財保存も進む。かけがいのない国家の宝を増加させる。    本研究で生産されたわらび粉は、高級品として取り引きされており和菓子として多くの消費者に親しまれるだろう。高山市のあらたな価値を高めることになる。赤坂虎屋は、飛騨のわらび粉が手に入らず、黒色のまがい物のわらび粉を使うわらび餅の生産を取りやめにしている。本物が求められている。日本各地の和菓子屋さんに売り込みができ、消費者の心をつかめる。日和田のわらび粉を使ったわらび餅は、世界的観光地高山市の日本文化を代表する銘菓になり、中世以来の牧場の生産物ということもあいまって高山の観光名物となろう。日和田の人の誇りとなろう。在来知である日本の伝統を受け継ぐ本当のわらび粉をコモンズの再生活性化によって生産し、日本の和菓子文化を取り戻す。

コモンズ再生、在来知の伝承、生態系サービスこれらから、 牧場再生とわらび粉生産、わらび餅、わらび縄製縄の一連の取り組みがコミュニティの維持醸成をもたらす。牧場再生の共同作業、共同管理、わらび粉生産の共同作業、組合の設立の出資金と配当金、わらび餅制作の試行錯誤は、村内に広く行き渡り、今まで述べてきたようにコミュニティ醸成に役立つ。

わらび縄をなう会を設立し製縄技術の伝承知の継承を若い人を交えて行う。皇室関係の文化財の修復に使われるため村人の誇りとなる。     日和田内の村人が経営する蕎麦屋において、国産随一の混ぜ物のない純度100%の飛騨のわらび粉で作ったわらび餅を提供し、高根でしか食べられない銘菓とし集客を図っている。依頼のあったフランスなどのフランス料理店に納品し、世界的に日本の伝統文化食品として売り出す。これによってわらび粉の生産拡大と雇用の拡大となり、日和田において6次産業化が進み一連の取り組みは地域コミュニティの核となる。

学問と実業の世界との溝が埋まり文化の掘り起こしが進むだろう。わらび粉もわらび縄も縄文期からの貴重な民俗技術の所産である。小さな消え行く民俗に光をあて実社会に投影することによってその価値を輝かせなければならない。民俗文化を掘り起こすことと、実社会に投影することの両者が必要になろう。 民俗文化の掘り起こしは旧来の学問でいい。そこから目をつけた事象を学問と実業の世界を結ぶ実践の学問の対象にしなければならない。学問の成果にヒントがあるからここから展開する。電話もし、手紙を書き、サンプルを持ってお邪魔してお勧めするのである。営業である。学者が営業までやるのである。地域振興のために。学問の出番である。

こうした活動が、山村の取り組みに対して地域の人々は様々な関心をだき、社会が相互扶助による信頼により、その努力を手助けするようになり自立的な社会保障の萌芽を醸成し山村を救うだろう。これによって、文化生態系機能の回復をもたらし、荒れた山地の再活用のモデルとなり、山村振興研究所の広報活動を通して全国の疲弊する山村に普及し物心両面にわたる活性化のモデルとなろう。この過程で文化の掘り起こしが進み文化の価値が発掘され、日本の文化振興にもつながる。   以上のような地域ごとの小さな取り組みの積み重ねが、全国の人口減克服や山村の生産性向上につながるであろうこと、しいては日本の国土保全につながることを期待している。

一般社団法人文化国家日本研究所は、ノーベル委員会よりノーベル平和賞ノミネート推薦団体に指定されました。当研究所の推薦があればノーベル平和賞にノミネートされます

 

一般社団法人文化国家日本研究所は、ノーベル委員会よりノーベル平和賞ノミネート推薦団体に指定されました。当研究所の推薦があればノーベル平和賞にノミネートされます

 

 

社会には日の当たる場所と日の当たらない陰の場所がある。陰の人々は貧困、差別に苦しみテロ、内戦、などの社会不安の原因になっていた。本推薦は日本において陰の人々をいかに解放し、生活水準の確保を目的として日の当たる場所に導き、社会不安を解消し平和をもたらすかを記している。少数民族であるロヒンギャ難民問題解決に通ずるモデルケースとなる取り組みである.

①アイヌ振興

②在日韓国朝鮮人問題、裁判、殺人未遂

③15年間かけたタクシー業界正常化、若い人の未来。

④銀座の飲み屋街の闇

⑤汚物佐川急便45年間の追撃、黒幕・西武スキャンダル

⑥山村振興

①アイヌ振興

少数民族が自らの文化興隆に立ちあがり、自国の文化と国力の増加を図るという気概を持ち、宗教、言語の尊重はもとより第一次産業、工芸などの文化振興から民族のアイデンティティを支え、少数民族の自立と国との共存共栄を図りながら経済発展につなげていく方途を私は探っている。

私財を投げうって少数民族であるアイヌの人々の文化興隆をギャラリー経営ではかり、また、暮らしにも目をやりギャラリーでアイヌの人々の収益を図ったり、数々の提案をしている。卒業制作が二風谷の イオル事業の施策化と、京橋のギャラリー経営が二風谷の工芸品を経産省の伝統的工芸品の指定に導いて、少数民族であるアイヌ文化の地である二風谷を勇気づけている。

アイヌ文化の振興が進みつつある。地道な取り組みが実をむすんでいる。伝統的工芸品の指定を受け、さらに北海道近代美術館でアイヌ美術工芸展が開催された。東京モーツァルトではここ8年間で年に5~6回アイヌ展が開かれている。若者がこぞって展示を行うようになり、文化の継承がうまくいっている。美術工芸が民族の核心になるだろう。二風谷では農林業と工芸が根付いている。林業経営の人材が育って欲しい。阿寒は、観光業である。一層の努力を。都市生活はどうだろうか。札幌は。?ここを何とかしたい。工芸の優位性を活かし職人としての訓練を国のマイスター制度主導で行い、高賃金を確保するのはどうだろうか。教育は?奨学金は出るようになったが、ここも工芸の優位性を鑑み美術工芸大学を誘致したらどうだろうか?デザイン、企画、商品開発などの知的産業が生まれるだろう。工芸の優位性を核にアイヌの未来を考えてみた。

和人ならアイヌの人々をなんとかしなければならない。厳しい差別と貧困に体制になじめなかったアイヌの人々は、今、徐々に心を開き始めている。日本に生まれたことを幸せと思えるような施策を一緒に考えたい。

渋沢敬三先生は、知里真志保を支え、分類アイヌ語辞典を完成させた。だから私は、武蔵野美術大学の分校を二風谷に作りたい。萱野茂さんの夢であり、私の卒業制作のアイディアでもある。シャモ(和人)がアイヌのことを考えたと萱野さんは、感慨深げだった。

ギャラリーモーツァルトを開いて8年目になる。アイヌの工芸品のために開いたギャラリーだ。大学は作れないが、作品の発表の場を東京に持つことはアイヌの人々にとって有意義だと思って建設した。30人位のアイヌの人が展示を行った。 成果がでている。経産省の伝統的工芸品に指定されたり、札幌の道立近代美術館でアイヌの美術工芸品展が開催された。何よりも若い人達が熱心である。継承がうまくいっている。アイヌ造形が民族の核になるだろう。文化保存活用への熱心さは和人も見習うべきだろう。結城幸司さんが5回展覧会を開き、評価が高まってきている。小淵沢のフィリア美術館で2ヶ月の展覧会が開かれた。アイヌの女性もギャラリーで雇った。アイヌの人達が自分達の力でギャラリー運営ができるようにと。

アイヌの人達と深い関わりを持つようになったのは萱野さんの『アイヌの民具』の刊行をお手伝いするために民具の実測図を描きに一ヶ月二風谷で合宿をした時からである。朝8時から夜中の12時まで描きまくった。考古学研究会に所属していたので狩猟採集民文化に夢中になった。建築学科の学生だったので卒業制作に二風谷の未来を図面化した。半年間二風谷のことを考えた。題は「コタンとイオル」である。二風谷に美術大学と博物館、住宅、道路、土地利用を考え、図面にした。狩猟採集民だったのでイオルというアイヌの人々の山利用の計画も考えた。アイヌの人々の造形的優位性ゆえに美術大学を村開発の中心に据え、工芸と農業と林業を生業とする村づくりである。狩猟採集から現代に適応する方途として美術と農林業を選択した。イオルは現在、イオル事業として実施されている施策であり、若い人が村に残ることができている。二風谷の人達が喜んでくれた。縁が深まった。

しかし、その後どちらも裁判沙汰になってしまった。二風谷は二風谷ダム建設で私の方は地上げで最高裁まで争った。これらのせいか二風谷の人達の気持ちはよくわかる。お互いが思いやれる。クラブツーリズムのツアーのお客様には二風谷ダムとアイヌ語学校をぜひ見て欲しい。

私の故郷、東京京橋にはアイヌ文化交流センターがある。二風谷に行き、萱野さんのお手伝いをし、半年かけて二風谷の卒業制作をやり、お互い裁判もやり、私の故郷京橋にアイヌのためのギャラリーを開き、交流センターもすぐそばにあると、アイヌの人々が身内のように感じる。厳しい差別だったなかでも僕のようなシャモ、シサムもいることを忘れないで欲しい。アイヌの民具実測図集が発刊された。相澤韶男先生と武蔵野美術大学生活文化研究会によるものである。萱野さんのアイヌの民具と国の有形民俗文化財の指定を受ける際に必要とされた図面集である。アイヌの物質文化研究が進むだろう。

クラブツーリズムが二風谷にゆったりプラン4泊5日のツアーを実施する。クラブツーリズムの親会社は近畿日本ツーリストであり、ツーリストの研究機関が宮本常一先生が所長であった日本観光文化研究所であった。ツアー実施決定に際し、この人脈を使った。うまくいってくれてよかった。クラブツーリズムのお客様はいい方達でしょう。二風谷の人達は友達になったらいい。旅人が思い思いの二風谷を楽しんで欲しい。地元も私も力んでいたので肩透かしを食ったようであるが旅を楽しむにはこういうツアーもいいだろう。

二風谷がブレイクしている。フィアット、大和和装、梅田阪急、新宿伊勢丹との取り引きが始まっている。てんてこ舞いである。ゴールデンカムイも好評連載中である。

東京のアイヌはどうしたらよいだろうか?東京のアイヌの人達のことを考える。生活水準を上げるには?会社を作ったらどうだろうか?二風谷の工芸品を始めとするアイヌ文化のモノやコトを企画・販売する東京事務所だ。

京橋杉山ビルに事務所を構えるのも一考だ!果たして採算があうだろうか?毎月100万円売り上げるには?

アイディア次第だろう。裾野を東京アイヌ全体に広げ工芸品の制作を行ない賃金を得ることを始めとし、東京を拠点にデザイン・企画・プロデュース、イベント北海道物産販売なんでもやる。アイヌ関係はすべてここを通す。総代理店である。人材がいなければ慶大生に手伝ってもらおう。

会社名は(株)アイヌモシリでは?文化創造カンパニーである。文化で食えるだろう。

②在日韓国朝鮮人問題、裁判、殺人未遂

バブル期に地上げに遭い嫌がらせを散々された。これを逆手に取り、嫌がらせの正体を探ると社会の闇が現れた。その原因である差別解消を目指す。社会の闇の原因である民族的、歴史的、などの差異を越えて信じ合えるやさしい社会を作るために、悪いことは悪いと認め、当事者間が社会的存在になり、お互いを認識し互いの立場を理解することで差別はなくなる

第一勧業銀行銀行と商工中金はこの30年、不正を繰り返している。バブル期には先頭を切って地上げ屋に過剰融資をし 、地価高騰の元凶となり、庶民のマイホームの夢を奪い去った。 金融国家を目指すべく金融資本の暴走を画策し、日本の進路を誤らせた。 総会屋に対する反社会的融資も問題になった。 2回のATM不祥事 そして今回の暴力団組員への反社会的融資である。 私達家族はみずほ銀行(当時第一勧業銀行)により苦渋を舐めさせられた。当時、京橋はバブル発祥の地とされ、満井忠夫(済州島出身、逮捕留置中)率いる三正による執拗なまでの地上げがおこなわれていた 。父親は就寝中にガラスを割られ頭を狙われ命を狙われた。犯人を捕まえ逮捕した。この殺人地上げ屋に最も融資を行っていたのが第一勧業銀行麹町支店である。私は地上げ屋が所有する土地を一筆一筆調べ、法務局に行き登記簿謄本により抵当権を友人とともに調べ、集計した。最融資元が第一勧業銀行麹町支店だった。友人は第一勧業銀行麹町支店に出向き、融資を閉めるよう抗議に行ったが、支店長は面会を拒絶した。その後、第w)€ョ豐・閥箙垤軣・拇垢惑兩笋箸覆辰拭・・€凾タ地上げにあって20年たって解決した。地裁でインチキ弁護士にひっかかり敗訴、高裁でさくら共同法律事務所の弁護で逆転勝訴、最高裁判所の判決がでるまで7年かかった。地上げ屋への銀行融資額集計リストを地裁判決の記者会見で発表すると翌日には株価が暴落した。バブルをはじいてやった。 渋沢栄一、渋沢敬三が道をつけた日本資本主義は、着実な道を歩む。

③15年間かけたタクシー業界正常化、若い人の未来

山の手線内を15年間歩いた。大手町2年半、銀座の飲み屋街2年半である。タクシー7~8台に待ち伏せされて後をつけられた。税務大学校前での事である。そうやって気付かせ、東京無線タクシーすべてを敵に見せ、精神衰弱を誘うのだろう。私には在日韓国朝鮮人にたいする差別意識はなかったのでなんでもなかった。こんな事をやってるから差別されるんだろうと思った。同時に差別解消にはこれをやめなければならないと考えた。これをやめれば差別がなくなるとも。日本交通の品川と千住営業所やkm交通の千住、浅草の営業所にも立ち黄色を見せた。4度5度と。殺人不動産業者満井忠夫は罰せられたので気にならなかった。タクシー業界は正常化してきている。日本交通、km、東京無線などが心を合わせているみんな喜んでいるだろう。差別がなくなるのだから。今度は日本国が一歩踏み出さなければない。タクシー業界のために知恵を出し合っている。警察と協力してハザードランプの黄色の衣服を着てパトロールを続け指導する。さらに運送、タクシー会社に反省を求め、許し、その上に立って慈悲の心により差別の根絶を図る。

若い人の仕事を考える。食品関係を大きくしたらどうだろうか?_喫茶店やレストランで務めているのを見かける。経営者になる人もいるだろう。もっと大きくして成城石井のような食品スーパーやオイシックスのような野菜通販やレストラン,喫茶店経営を連結させ生産から販売、消費までを扱う食品会社はどうだろうか?。食品をホーリスティックに扱う企業を興すのである。起業しろ!勘が働くのではないかな?ロッテのような仲間もいるし、散らばっている仲間の知恵を集める。力を結集できるだろう。目標を高く持って、おいしいものを食べて舌を鍛えておけ!キャリアを積んでおこう!

ロッテは若い人のために会社を開放し、インターンシップを利用して若い人のキャリアアップをはかれ!同胞だろう!

④銀座の飲み 屋街の闇

西五番街通、を入り最初に銀座の 入り口のバー、ロートレックの黒服にチェックを入れる。一方通行を逆行して一定方向に並木通り、金春通りを抜け、元に戻るのを繰り返す。10時半ごろから朝2時半ごろまで黄色を着て歩くのである。ノンストップである。2年半の間、土日を除く毎日歩いた。1時になるとタクシーが列をなして入ってくる。白タクも止まっている。タクシー運転手に黄色を見せるのである。チェッカー無線タクシーを見かけると勇気が出てきた。国税庁が銀座の女王と呼ばれるバーのマダムを摘発した。銀座の闇のネットワークが寸断された。光は銀座からである。ロートレックも廃業になった。

若い人へ   夜の銀座の午前3時のバックアップ

銀座を歩いて2年半後出合いいがしらに猛スピードのバンにはねられそうになった。あの瞬間を見てくれた2人、元気ですか?君達がいなければ、もう少しで犬死でした。ありがとう!幸せな結婚をしてくださいね。銀座通りであいましたね。俯き加減の彼女、元気ですか?全然眠くなさそうだった彼も元気ですか?_おかげさまで僕はご存じの通り元気にやっています。警察をさらに信用しています。Gメンもがんばれ!心して行け!! また、どっかで会いましょう。昼の銀座がいいかな!

やってよかった!!

⑤汚物佐川急便45年間の追撃、黒幕・日本経済新聞・西武スキャンダル

佐川急便に45年間つきまとわれている。日曜日を除く営業時間中毎日である。25年間我が家の前のパーキングに停めた。その後ギャラリーの前にも停めている。8年間である。店の中を覗く、睨みつける、注意すると佐川急便の運転手松本は殴る、10数回蹴られた。伊藤は台車をぶつけた。傷害罪である。これに対し45億円の損害請求、慰謝料請求訴訟を準備中である。日通も西濃もよくなった。運輸業界は正常化してきているが残る粗大ゴミは佐川急便である。警察は佐川急便の悪事の裏を取っている。日本経済新聞と西武が黒幕と言っている。刑法違反の暴対法違反と共謀罪法違反である。起訴する。組織的犯罪者集団であり、元暴力団員を雇い、45年間つきまといを続けている。女性も狙っている。中目黒銀座のマンションの前で女性の帰りを待ち伏せするようにトラックを停めるのを何回も警備した。飯田橋ケンブリッジイングリッシュスクールに通う学生の個人情報をスクールを脅かし譲り受けていた。私は受け渡し現場を目撃し、ドライバーも職員も識別できる。生き証人である。東証は、上場を認めれば佐川急便と同罪になり社会、警察の恨みを買うぞ。東証にも倫理感はあるだろうな日経平均が下がるぞ。木曽福島で3回、高山市朝日村で1回、越後湯沢で1回佐川のトラックに付け回された。電車に乗って私立探偵が尾行するのである。 

佐川急便を社会から消し去る。私は45年間、佐川急便と向かい合っている。佐川の張り番である。付きまといも受けている。ここ2~3年は毎日のように昼休みになると来襲して来る佐川急便の5~6台の車にスクランブルをかけている。車道を黄色を着て歩くのである。佐川急便の車番を取り、顔と名前を覚え、相手の体調までわかる。定点、定時捜査である。車道を歩いていて佐川急便にはねられそうになったこともある。「はねるぞ!」と威嚇されている。

⑥山村振興

山村は陰の場所である。しかし、国土の70%は山間地である。この有効利用が日本の命運を左右する。対象地である岐阜県高山市高根町日和田地区は隔絶山村であり、人口は200人弱の限界集落である。古くからのわらび粉生産の伝統産業もすたれ、文化だけでなくコミュニティも衰退しつつある。

本事業は、過去において貴重な現金収入源であり、重要民俗であったわらび粉とわらび縄の復活を中心に、牧野という山地利用の一形態を追及し、そこに展開される文化の価値と生産の価値の両者を合わせ持った高収入源の特産品を、町民の所得向上と山村文化問題の解決をはかる目的で、都市が望む本物を生む山村という新しい価値を創出することにより、山村と都市の本物欠如の脆弱性の打破につなげ、山間地の有効利用の施策の策定を目的とする。

日和田地区は日本全国の山村と同様に人口減と高齢化によって限界集落になっている。産業は、土地が狭小であり標高1300m前後で稲作は困難である。そのため、収入源は限られ、畑作では狭小な土地で飛騨ホウレンソウ、高根コーンの高冷地野菜と稗や火畑蕎麦などの雑穀を生産している。その中にあって、日和田地区では1000年の歴史ある放牧地で展開されていた日本の農耕の起源を示唆するわらび粉生産が細々と継承されている。わらび粉は昭和時代は高価に取り引きされてきたが今はすたれてしまい、復活を試みているところである。わらび粉生産を高冷地野菜栽培とともに主産業にするもくろみである。一般には本物のわらび粉生産がなくなり、純粋なわらび粉が使用されていない、まがい物が広くでまわり、わらび粉を使用した食文化が失われている。そのような中で一部の高級料理店や和菓子店では本物のわらび粉を使用した料理などが提供され食文化の復活が図られてきている。食材としての本物のわらび粉が求められているが、提供できる生産者は極めて少ない。飛騨のわらび粉は本物生産をめざして、伝統的な本物のわらび粉の生産の文化(技法や工程、繁殖方法)を復活させ安定供給を図る。古くから御所や二条城、修学院離宮の垣縄として利用されてきたわらび縄は、全国の山村で生産されていたがすたれ、文化財の修復に困難をきたしている。わらび縄の供給を増やさなければならない。わらび縄の製縄術は日和田が日本最後の伝承地である。これを継承し、利用を促進することにより収益となる。また、わらび糊にも利用され国宝の古い日本画の修復などにも使われる。国の宝である文化財保護につながり町民の誇りとなり、山村の山地の有効利用につなげ全国の山村振興を促進する。

山村の荒廃は文明の危機である。文明の興亡は山利用とのバランスにかかっている。その復活は、わらび粉にみられるように、文化の探究から生み出される本物の価値を広く普及させることであり、学問の社会化と新しい価値を生み出すことにある。山村と都市の結びつきのなかで、本物の価値欠如による脆弱性を打破し、文化の探求による、本物の産出という山村の新しい価値を生み出すことは、両者の相互依存を密にし、そのことは、 脆弱な、都市文明と山村になっていくなかにあって、山村と都市の両者を同時に成り立たせる方策となる。本物の価値の追求は山村と都市の重大課題である。このままでは山村が見捨てられ都市も衰退する。学問による文化の多様性の追求が山村という新しい価値を生みだし、それが、都市を支え文明を生み育てるという観点に立ち、文明の難題を解決する。

杉山是清

 山村振興の計画書 —山村という新たな価値—

日本の歴史上の希少価値生業民俗であるわらび根掘りの調査、復活、保存、活用、継承に人類学者生命をかけている。私がやらなければやるものがいない。使命である。こんな貴重な民俗はない。

実践という文言を使い、民俗の活用・継承に意を払うならば単なる学問の範疇だけでなく、実業の世界に踏み出さなければならない。人類学に留まっていれば活用・継承には至らない。営業もやれということである。実業の世界と学問の世界を繋ぐ学問が実践民俗学である。消えゆく民俗を手をこまねいて感傷に耽って見てる場合ではない。人類学者ならなんでもやれ!お金が必要であれば基金をつくったらどうだろうか?

人類学者として調査をやりその民俗を熟知し、プライドが生まれれば営業しても相手が話しを聞いてくれる。学問で養った誠実さと粘り強さである。また、人類学は歩く学問である。貴重な民俗継承のためだと思うと歩くことも営業や各種試算も苦にならなかった。学問的価値がわからないと力が湧かなかっただろう。これがエネルギーとなっているのでなんでもできる。プロジェクト全体を動かすことは私にしかできないかもしれない。

村人は営業をとって来たことをことの他喜んだ。村が湧いた。これが村の力になるんだと思った。誰もがああすればいい、こうすればいいという。でもこの一歩を踏み出すのが仕事だった。3つも営業を取った時、私も村人もプロジェクト成功の第一歩を踏みだしたと確信した。

新たな価値となる山村は、文化の掘り起こしと活用により山村の新しい価値を生み、文明の危機である森林資源の荒廃による、山村の経済の脆弱性と都市の脆弱性の両者を文化の掘り起こしにより森林草原の有効利用をはかることによって救い、生態系サービスの草原の再活用による在来知のわらび粉生産とわらび縄生産による経済達成とコモンズの醸成により新しい価値を生みだす。 経済の独立とコミュニティの強化は社会の自立性を高め地方自治の根本になり、、これによって小単位でかつ高価値ゆえの高価値・高濃度となり、地方自治の一単位である山村が新しい価値になり、この結果、コミュニティとしてお互いを支え合うことでこれらは、社会保障問題も解決できるというモデルケースとなるだろう。 Ⅰ.    目的 日本の国土の70%は山間地である 。山村はその機能保全の役割を担ってきた。しかし、今、山村の疲弊が急速に進み山間地は機能不全に陥いりつつある。本計画は、国土の有効利用を図るため、山村における放棄された中世以来の伝統ある共有牧野の有効活用による生態系サービスの回復を通して在来知であるわらび粉生産の復活をはかり、産業の振興という生活基盤の安定化と、共有地ゆえの地域住民レベルでの資源保全の有効な手法として,または地域共同体(コミュニティ)のあり方そのものとして、これらのコモンズを通した産業の振興と共有牧野の管理利用を村落共同体強化という物心両面にわたった活性化に基づいた自立的社会保障の萌芽を目指すことによって山村の危機を救い、しいては国土の保全を計るというものである。    対象地域となる岐阜県高山市高根町日和田は高山市街から50分の距離にあり、御嶽山の標高1300mの隔絶山村である。調査地点は、日和田から30分の距離御嶽山の標高1500mの高地高原のオバコ牧場である。    本計画は調査、実践からなる。 調査活動において杉山らは、大学、大学院時代に宮本常一先生、川喜田二郎先生の指導、薫陶を得て、かつ安家プロジェクト岩手県岩泉町安家、北上プロジェクト岩手県遠野市附馬牛町の調査を行なった。いずれも山村活性化のための調査であり、杉山の調査結果は筑波大学修士課程環境科学研究科修士論文にまとめられている。また、90日間をかけ原付に乗り3500kmを走破して西日本の山村においてワラビ粉生産と山村生活調査を行っている。        飛騨地方のワラビ粉調査は、遠野市附馬牛町の調査で飢饉の時に救慌食として利用されたワラビ粉の生産力に注目して、実際ワラビ根採取を行っているフィールドを探し出した。そして5年に渡り飛騨地方のワラビ根堀の調査を行ない、1990年度   第4回  日本民具学会研究奨励賞受賞「ワラビの地下茎採取活動」(『民具マンスリー』第22巻7・8・9号、1989所収)にまとめた。日本における農耕の起源を示唆する貴重な民俗であることが判明した。しかしその後、生産者の跡継ぎがおらず、生産が途絶えてしまい、学問の限界を知り、今、村人と共にワラビ粉生産の復活に乗り出している。民俗文化復活と地域活性化の試みである 。    実践の活動は、現在、現地のNPO法人に加わり、ワラビ粉生産を立ち上げ一昨年10kg、昨年35kgのワラビ粉を生産した。活性化の核にする試みである。このことは、『民具マンスリー』「実践民俗学ー民俗文化復活の現代的意味ー」48巻5号に詳しい。学問と実社会の垣根を取り払い学問の社会化を目指す。民俗文化復活のために学者が営業をやるのである。また、ワラビ粉生産という農耕の起源の証左となる貴重な民俗は、在来知の再評価を生み、貴重さゆえ、高収益による経済価値を生むのである。    その目的は、中世以来の林地と化した牧場の伐採による再生整備は、60haのワラビ草原の実験圃場をつくりワラビ粉生産の可能性を研究するためその労力、費用、諸経費として計上する。また、野草と牧草とワラビを混植した植生の牧場を生み出し、わらび粉と飛騨牛の生産を可能にするものであると同時にワラビ摘み、蜂蜜採取、薬草採取などの多機能の利用を通して山地における生活文化の振興と、生態系サービスという新たな生態系機能の回復をもたらすことである。    縄文期からの日本の農耕の起源を示す貴重な民俗であり在来知のわらび粉生産の復活は、その貴重さゆえに飛騨における文化価値の上昇をもたらし、高価であるため高収益をもたらす現金収入源となり、山地を利用した第一次産業活性化による山村活性化の核にすることを目的とする。雇用者の年間収入の15%~20%増加と4~5人の短期新規雇用を目指す。製縄者に対しては4000円前後の日当を支払う。   また、出資者に対し配当金を配り、多くの出資者を集めることによって村落全体の所得向上を図る。これらを支えるためわらび粉生産を拡大、安定化させるため林地の伐採によるわらび植生増加のためのオバコ牧場の再生が必要となる。これと平行して営業や通販によって飛騨のわらび粉の周知と販路の拡大をはかる。    コモンズである共有地ゆえの経営や管理の共同化は、村落共同体を強固なものにし、コミュニティを活性化させる。 「飛騨わらび」などの生産する組合などを設立し、村内の3軒の企業や村民を株主化する。ワラビ粉販売等の利潤は、積み立てをし、牧場開発や水車小屋、堆肥、その他の共用や村落生活の発展に使う 。牧野の管理は、牧柵作りや肥料撒、見回りなどの共同管理をするなどによって生産の共同性やコミュニティを強化する。   この調査研究の成果を生かし、若者が取り組める施策の研究活動や生産の動きなどの手助けをする山村振興研究所を設立したい。この研究所の生産的、社会的活動は、山村の地域社会に共有され、山村活性化の創出活動の拠点となるだろう。     これらの物心両面にわたる活性化は、その効果により広く村落内に行き渡り村落社会を高揚化させて相互扶助に基づく自立的社会保障の萌芽を醸成させ山村の危機を救うことになりだろう。 Ⅱ.計画・方法 コモンズである260haの共有牧野の整備計画である。生態系サービスである在来知のわらび粉生産、飛騨牛などの第一次産業を振興させ、コミュニティの力を醸成し、コモンズの活性化を通してコミュニティの活性化を狙う。    本計画は2年間でワラビ根の採取地となる圃場をつくることである。現在260haの牧場は樹林地になっており平坦地である60haの実験圃場をつくるために住民参画により切り捨てによる林地伐採し、その後のワラビ粉生産の可能性や植生変化を研究するためその労力、費用、諸経費として計上する。   燃料費と若干の賃金を払う。1ha当たりの作業員数を15人として伐採は10カ年計画とし260haの林地のうち、平坦地60haの伐採を最初の2年で行なう。使う燃料費は60万円になる。人工は6000円×15人×60haで540万円となる。弁当持参、車両の燃料費はプロジェクト側で負担する.チェーンソーは購入するものとする    伐採終了後、ゾーン分けをし、野草、ワラビ、チモシー、ホワイトクローバーそれぞれのゾーンの整備をする。 チモシー10haとホワイトクローバーゾーン10haに播種を行う。わらび、野草、牧草の育成に3~4年を要し、其の間、わらび根採取を始めとする採取活動や牛の放牧は行わない。牛の放牧は、高根町在住の若者の牛を放牧する。放牧による伝染病感染を回避するため、少数の飼養者同志が知り合っている牛を放牧する。  多くの数ではない。     わらび根採取作業を行う。標高1300メートルにある日和田集落から30分かけて軽トラックで牧場に向う。牧場でのわらび根採取作業は、4時間かけて、短期雇用した3人の村人と行う。バックホーを用い唐鍬を使って芝を剥ぐように地下10センチに伸びる地下茎を80kg程掘り取る。枝分かれした根を選別し、地下茎の繁殖部分を後年の繁殖のために埋め戻し、澱粉を蓄えた地下茎を集落まで持ち帰り、水洗し、10kg程に分けて搗く。この搗く工程を3回繰り返す。これが当日の残り4時間の作業である。この採取、加工の作業を計1週間行う。1日4kgのワラビ粉の産出量であるから7日で28㎏となる。このようにして、今後1ヶ月で100kgの生産を目指す。    ワラビ根の加工は、沢に鉄パイプで足場を組み、その上に船2台とこし器を置く。ワラビ根を搗くためにワラビ石を設置する。水はホースで沢から引き、搗いたわらび根の洗浄と澱粉の沈殿に使う 。ランマーで搗いたワラビ根は船で洗い、こし器を通して沈澱させる。   経営は、「飛騨わらび」を生産する組合などを設立し、NPO法人と共同し村内の3軒の企業や村民の株主化を進める。また、わらび粉販売等の利潤の一部は、積み立てをしてNPO法人の監査の元、生産、管理の共同化、村落生活の発展に使う。コモンズ再生の原資となる。    雇用者の年間収入の15%~20%増加と4~5人の短期新規雇用を目指す。製縄者に対しては4000円前後の日当を支払い、また、出資者に対し配当金を配り、多くの出資者を集めることによって村落全体の所得向上を図る。これらを支えるためわらび粉生産は、わらび粉100kgを生産することによって30日間の稼働で一人当たり年間30万~50万の収入増をもたらす計画である。このために販路の拡大を計り、サンプルを持って東京、京都の和菓子屋に営業にまわる。また、引き合いのあるフランスや海外にも進出する。 ネット通販を利用して販売と広告を行う。ホームページを作成し飛騨のわらび粉を周知させ、販売促進やわらび粉を利用した6次産業化に使う。    コモンズである共有地ゆえに経営や管理の共同化によって村落共同体を強固なものにする。コモンズの活性化により日和田全体が一丸となってコミュニティの力を高める計画である。ワラビ粉販売等の利潤は、積み立てをし、牧場開発や水車小屋、堆肥、その他の共用に供する。牧野の管理は、牧柵作りや肥料撒、見回りなどの共同管理をするなどによって生産によるコミュニティを強化する。コモンズの原資となる。    わらび縄をなう会の設立は、在来知による技術の伝承を若い人を交えて行い、また、歴史あるわらび縄は御所、二条城などの皇室関係の文化財の修復に使われるため村人の誇りとなる。    日和田内の村人が経営する蕎麦屋において、国産随一の混ぜ物のない純度100%の飛騨のわらび粉で作ったわらび餅を提供し、日和田でしか食べられない名物とし集客を図る。フランスのフランス料理店が注目している。海外への進出を図る。わらび粉の生産拡大と雇用の拡大につながり、わらび餅の名店に納品することによって文化的には日本本来の和菓子文化を取り戻すことにつなげる。このことを通して高山市の観光価値を高め、コミュニティの核の一つとする。  これらの山村の取り組みの計画に対して地域の人々は様々な関心を呼び起こし社会が相互扶助による信頼により、その努力を手助けするようになり村内の高揚感を高めることにつながり、物心両面にわたる山村コミュニティ維持強化策により自立的な社会保障の萌芽を醸成し山村を救う。 Ⅲ.計画の準備状況 計画の準備段階は5年目である。調査論文にも5年間を費やしているので今回の計画の準備には10年間を費やしている。論文は1990年度   第4回日本民具学会研究奨励賞受賞「ワラビの地下茎採取活動」(『民具マンスリー』第22巻7・8・9号、1989所収)にまとめた。。現在、現地のNPO法人に加わり、実践のための基礎調査に5年を費やし、ワラビ粉生産部長として生産に従事している。村人を3人短期雇用し、NPO法人の事業の一環としておこなっている。このことは、『民具マンスリー』「実践民俗学ー民俗文化復活の現代的意味ー」48巻5号に詳しい 準備段階の3年間は放牧地において小規模の採取しか認められず、荒廃農地にわらびの人工栽培を試みた。人工栽培がうまく繁殖せず、わらび植生確保のため放牧地の採取許可をお願いした。その後4年目、5年目の実施段階において、本格稼働にはまだまだであるが、採取が2年目に入り、4年目に10キロ、5年目に35キロを生産している。東京や京都の和菓子店に営業に行き、販売の実績は東京虎屋、小石川一幸庵、京都蕭月の3軒に納入を決めた。また、フランスのフランチレストランから引き合いがあった。来年の納品になるだろう。本格稼働になるためにはさらなる販路の拡大が必要となる。    また、わらび粉を生産する段階で残る繊維から作れるわらび縄が日和田のわらび縄として宮内庁の御用を賜わろうとしている。 サンプルを納品し京都の業者と価格設定を行なっている。    そのために、わらび植生の不足が課題になっている。この解消のため隣接の共有牧野のオバコ牧場の有効利用によりわらび植生の確保をはかろうとしている。現在、共有地であるため共有牧野の地権者の了解をとっている。 NPO法人Y.I.Kは山村振興活性化のために作られ、全面的支援を受けている。杉山は理事としてNPO法人に加わり、わらび粉生産部長として生産・販売の前面に出て全権を担なっている。 このチームのメンバーには高山市元基盤整備課長が参加し、山村振興に加わっている。 日和田の雇用者は、これらの動きにより年間収入を10万円~20万円増やしつつあり、短期雇用を3人増やした。若者の参入も呼びこんでいる。わらび粉やわらび縄の社会的価値が高まることによって村人は誇りをとりもどしつつある。 これらを確固たるものにしたい。 本計画は川喜田二郎(1980)の安家プロジェクト「生態系把握と住民参画に基づく山岳諸地域の活性化に関する比較研究  」を元に山村における活性化研究をより実践面に重きをおいている。 Ⅳ.期待される成果    牧場の整備による植生から生み出される、生態系サービスであるわらび、野草、牧草は圃場の調査結果からワラビ粉、飛騨牛、ワラビ摘み、蜂蜜、薬草などを生み中世からの牧野の生態系機能回復による生態系サービスの回復が予想される。これは山村の生態史における文化復元を意味し、こうして眠れる牧野の生産性や文化的価値を輝かせ、山村の価値を向上させる。    現在の採取地において、わらび粉100kgを生産する30日間の稼働で一人当たり年間30万~50万の収入増になる。200kgの生産量となれば倍額の収入増になる 。複合経営であるため短期雇用であるが集落内に5人以上の雇用を確保できるだろう。将来的に、わらび粉生産に関してオバコ牧場のコモンズの再生が進めば一層の収入増と雇用増加が見込める。地産地消の六次産業化とあいまって第一次産業が振興するだろう。また、文化の掘り起こしによって確認された、わらび縄の製縄による収入は、文化財利用が正式に認められれば、オバコ牧場の再生が進むことによってわらび縄の製縄量も増え収益も増える。御所、二条城など神社仏閣庭園などの文化財保存も進む。かけがいのない国家の宝を増加させる。    本研究で生産されたわらび粉は、高級品として取り引きされており和菓子として多くの消費者に親しまれるだろう。高山市のあらたな価値を高めることになる。赤坂虎屋は、飛騨のわらび粉が手に入らず、黒色のまがい物のわらび粉を使うわらび餅の生産を取りやめにしている。本物が求められている。日本各地の和菓子屋さんに売り込みができ、消費者の心をつかめる。日和田のわらび粉を使ったわらび餅は、世界的観光地高山市の日本文化を代表する銘菓になり、中世以来の牧場の生産物ということもあいまって高山の観光名物となろう。日和田の人の誇りとなろう。在来知である日本の伝統を受け継ぐ本当のわらび粉をコモンズの再生活性化によって生産し、日本の和菓子文化を取り戻す。    コモンズ再生、在来知の伝承、生態系サービスこれらから、 牧場再生とわらび粉生産、わらび餅、わらび縄製縄の一連の取り組みがコミュニティの維持醸成をもたらす。牧場再生の共同作業、共同管理、わらび粉生産の共同作業、組合の設立の出資金と配当金、わらび餅制作の試行錯誤は、村内に広く行き渡り、今まで述べてきたようにコミュニティ醸成に役立つ。  わらび縄をなう会を設立し製縄技術の伝承知の継承を若い人を交えて行う。皇室関係の文化財の修復に使われるため村人の誇りとなる。     日和田内の村人が経営する蕎麦屋において、国産随一の混ぜ物のない純度100%の飛騨のわらび粉で作ったわらび餅を提供し、高根でしか食べられない銘菓とし集客を図っている。依頼のあったフランスなどのフランス料理店に納品し、世界的に日本の伝統文化食品として売り出す。これによってわらび粉の生産拡大と雇用の拡大となり、日和田において6次産業化が進み一連の取り組みは地域コミュニティの核となる。    学問と実業の世界との溝が埋まり文化の掘り起こしが進むだろう。わらび粉もわらび縄も縄文期からの貴重な民俗技術の所産である。小さな消え行く民俗に光をあて実社会に投影することによってその価値を輝かせなければならない。民俗文化を掘り起こすことと、実社会に投影することの両者が必要になろう。 民俗文化の掘り起こしは旧来の学問でいい。そこから目をつけた事象を学問と実業の世界を結ぶ実践の学問の対象にしなければならない。学問の成果にヒントがあるからここから展開する。電話もし、手紙を書き、サンプルを持ってお邪魔してお勧めするのである。営業である。学者が営業までやるのである。地域振興のために。学問の出番である。    こうした活動が、山村の取り組みに対して地域の人々は様々な関心をだき、社会が相互扶助による信頼により、その努力を手助けするようになり自立的な社会保障の萌芽を醸成し山村を救うだろう。これによって、文化生態系機能の回復をもたらし、荒れた山地の再活用のモデルとなり、山村振興研究所の広報活動を通して全国の疲弊する山村に普及し物心両面にわたる活性化のモデルとなろう。この過程で文化の掘り起こしが進み文化の価値が発掘され、日本の文化振興にもつながる。   以上のような地域ごとの小さな取り組みの積み重ねが、全国の人口減克服や山村の生産性向上につながるであろうこと、しいては日本の国土保全につながることを期待している。

 

ノーベル平和賞ノミネート人類学者

杉山是清

日和田のわらび粉とわらび縄制作に助成金が出ました。 明治安田生命クオリティオブライフ文化財団、地域の伝統文化分野への助成が決定しました。 皆さんのご協力の賜物です。これからも頑張ります。 よろしくお願いします。

 

日和田のわらび粉とわらび縄制作に助成金が出ました。     明治安田生命クオリティオブライフ文化財団、地域の伝統文化分野への助成が決定しました。  皆さんのご協力の賜物です。これからも頑張ります。  よろしくお願いします。

 

ノーベル平和賞ノミネート人類学者

杉山是清

 

お待ちかね!!!    「飛騨わらび」が監督するわらび根堀の映像が放映されます

番組の放送日が決まりました。

 

NHK BSプレミアム 

2019 325日(月)午前 07:00-07:10

 

ニッポンの里山 ふるさとの絶景に出会う旅

「ワラビ育む山の牧場 岐阜県高山市」

 

番組HP http://www4.nhk.or.jp/satoyama/

生態人類学者 杉山是清が縄文時代の2大謎を解いた 縄文農耕と火焔型土器 !  ーわらび利用文化解明から山村の価値を高めるー

新説1 火焔型土器は「火」と「わらび」の生命観を表した造形

 

火入れの後に発芽するワラビの群生は壮観である。火炎土器はこの様を写実的に表したものではないだろうか?火とワラビのつながりである。火炎土器は、ワラビの生命力への畏敬と再生を祈る縄文人の自然観や生命観という祈りを表しているというのが本旨である。

福島県立博物館所蔵の火炎土器の胴部には逆U字状隆線文に密生した写実的なワラビ芽の造形がみられる。曾利式土器の隆線文もわらびの芽ではないだろうか。口縁の 鶏冠状把手、 鋸歯状突起は炎を表現しているものであろう。頸部と胴部上半部にはS字状隆線文および渦巻状隆線文は、ほむら上部の空気の乱れや撹乱、陽炎のような現象を表しているのだろう。 新保・新崎式土器は半載竹管による半隆起線文によって描かれた文様を特徴としている。大木7b式土器は、頸部がくびれ、口縁部が外反する器形であり、口縁部には四つの把手が付き、波状口縁となる。 火炎土器は、胴部には半隆起線文を密に施すという技術は新保・新崎式土器や、器形と四つの把手を基準とした四単位の文様構成は大木式b式土器から影響を受けたと考えられる。

ワラビは山菜やわらび粉澱粉に利用され、山住みの生活には欠かせない。飛騨ではわらび粉採取により300日分のカロリーが摂取でき、主食の可能性がある。日本の農耕の起源であろう。

縄文人は、 火入れによる群生するわらびの発芽を見てその急激な初期生長ゆえ、火入れとわらびの発芽の因果関係から火への神秘性とワラビの生命力に畏敬の念を抱き、火による誕生と再生を実感し、生計維持のための山菜や澱粉に使われるに及んで生命を支えているという点で畏敬の念をいだき、これらが火炎土器の造形として縄文人の生命観を表現している。

 

 

新説2 わらび根堀りが日本の「農業の起源」

 

わらび粉が、縄文中期文化の主食であり、日本の農耕の起源を示す食料であるという研究をしているオーナーは実践する生態人類学者です。

八ヶ岳南麓井戸尻大遺跡群縄文中期には安定した華やかな文化が花開いていました。でも、主食の植物がなんであるかわかっていません。隣接の遺跡では^_^カリント状炭化物という遺物が出土しています。わらびの地下茎です。私が同定しました。パン状炭化物という遺物も出土しています。科学的分析は済んでいませんが、同じような形状をしたわらび餅の食べ方が日和田に残っています。餅なので主食という意味があると思っています。

また、日和田のわらび根採取では親子3人の75日の稼働で3人の300日分のカロリー摂取ができ、さらにわらびの地下茎が出土し、餅状の遺物が発見されてることと、土掘り具としての打製石斧の急増、農耕の起源の一類型である根茎類採取であり、その採取技術が農耕の原初的姿を示してることを考え合わせると、わらび粉は主食であり日本の農耕の起源であるという仮説に到達しました。文化の研究を実践を通して幅広く深めています。

 

『民具マンスリー』48(2) 2015 日本常民文化研究所 「わらびの地下茎採取活動からみた縄文中期農耕社会」.杉山是清

 

 

 

Merry`Xmas クリスマスメッセージ          ー 飛騨わらびー

http://cultured-nation.jp/category/hidawarabi/        飛騨わらび

フェルメールもダビンチも科学者であり芸術家でありました。あくなき自然観察から美を追求しました。オーナーは科学者と美の理解者の立場からわらびの文化と、美を探究し、 昨年、 わらび根採取からみた農耕の起源の論文を発表しました。また、これらの日々の活動を通して、社会の在り方の未来を見つめています。

飛騨わらびは 文化と美の深淵に臨んでいます。茶道や版画を始めとし、わらび縄が国立民族学博物館に収蔵されました。宮内庁の御用を賜るでしょう。飛騨わらびが京都国宝修理装璜師連盟の国宝修理の材として、また千家十職奥村家(表具師)とミシュラン3つ星の名店からご用命を賜わっています。赤坂虎屋さんが「飛騨わらび」の商品化を決定しました。

山村も都市もお互いがなければ成り立たちません。文化の多様性が科学技術の集積である都市を支えていくのです。 自然の探究から生まれた文化や美、科学の探究が新しい文明を生みだし支えていくでしょう。

ギャラリーモーツァルトと飛騨わらびを始めとする文化国家日本研究所は来年も頑張ります。ここにXmasをお祝いし、皆様のご多幸をお祈りします。、

トヨタ財団申請書類  「わらび粉等の産業化による山村という新しい価値が生み出す山村振興」

1.実現したいコミュニティの姿

地域に暮らす人々を支えるコミュニティとして重要だと考える要素や状態を含めてご記入ください。

限界集落のコミュニティの崩壊を食い止めなければならない。今までに効果的施策が生み出されておらず新たな挑戦である。コミュニティの中心である高齢者の就労がほとんどなく、若者も戻れず貧困世帯の高齢者が増え経済的事情から離村となりコミュニティが機能しなくなりつつある。日和田には古くから伝わるわらび粉とわらび縄の伝統産業があった。これを復興させる。これらは、市場があって高齢者には馴染みがあり技能保持者でもあり高度技術も必要でないこともあり就労に推奨できる。わらび掘りの文化的背景を理解した文化国家日本研究所は、10年前から自発的にパイロット事業としてこれらを復活させ、わらび縄が宮内庁御用達確定と天然わらび粉の希少価値が老舗和菓子店に認められた。この誇りを若者に事業継承を通じて受け継ぐ。これらを踏まえて、生産などの増大を図ることは、村民の誇りにつながり、コミュニティの内実を深めコミュニテイに経済と心的の両面から高揚をもたらし、山の生物多様性に基づいた伝統知の民俗技術による山に暮らす人々の新しい生き方につながる。山村の林野の環境保全機能の保持にもつながるであろう

 

2.地域社会の現状とこれまでの取り組み

地域や人々を取り巻く環境や生じている課題について、①具体的な数値や状況を用いてその背景と現状を整理し、②地域の課題に対する活動実績および社会的な状況(関連する制度や施策、他地域での取り組み事例など)をご記入ください。

隔絶山村である岐阜県高山市高根町の人口減は平成20年510人から平成29年341人となり高齢化率55.4%の限界集落になっている。40歳未満男31人、女24人で若者も少なく所得も少なく土地が狭小である。この土地ではタカネコーン、1000mホウレンソウや、火畑そばなどの高冷地野菜が作られているが日和田本来の基幹生産物であったわらび粉生産はすたれてしまった。

コミュニティの保持のための経済的基盤を、放棄放牧地の草地化によるわらび採取地の拡大に求める。中世からの共有地の放牧地であった高山市高根町日和田のオバコ牧場、千町牧場の260ha一帯はかつて草原であったが、産業構造の変化と人口減少による後継者難による、放牧とわらび根掘りの廃業により、放牧や火入れ、伐採など人の手が入らなくなり20年間で林地化してしまった。草地の生物多様性は失われ、生物種の均一化と生物層の貧弱さに変わってしまった。飛騨のわらび粉とわらび縄も失われてしまった。この樹林地を伐採し良質な天然わらび粉を確保するために採取地の拡張に迫られている。伐採は、採取地が共有地であるが故、各種の共同活動の共同作業や助け合いによりコミュニテイが醸成されていくだろう。また、わらび縄の供給が無くなってしまった。今、わらび縄の製縄術の日本の伝承地は日和田が最後となっている。伝承者が1人になってしまったため教室などによって継承の担い手を育てなければならない。担い手となる若者はわらび粉やわらび縄の生産や「文化の庭」の事業継承により高齢者からの教えを受けて育てていく。地域の核になる施設がない。山の価値の発見やコミュニテイ活性化、地域振興を図る施設が必要である。山村振興研究所や「文化の庭」は、若者に参加を呼びかけ共に各種取り組みを行い、人々の生き方を考え、実践のさきがけになるようなコミュニテイの拠りどころとなる拠点づくりが必要とされている。

実績はわらび粉においては赤坂虎屋さんや有名日本料理店と取引が始った。わらび粉生産は、2018年32kg ,2017年天候不順,2016年50kg、2015年30kg 、と順調に伸びている。わらび縄が桂離宮の垣結いとして宮内庁御用達が確定した。わらび繊維は年間、縄にして400m分を生産できるまでになっている。今年、明治安田クオリティオブライフ文化財団の助成を受けた。助成金は加工用機械製作とわらび縄講習会の講師謝礼に使う。高山市文化振興事業補助金も受けた。NHK『日本の里山』で日和田のわらび根採取が全国に放映された。地元NPO法人ワイ・アイ・ケーは、高山市農業委員会と協定を結び農業ができ、荒廃農地対策として蕎麦を5ha耕作し栽培、販売にも力を貸し、このプロジェクトとタイアップし協力している。

 

 

3.実施内容

実施項目ごとに、「目的(何をめざす取り組みか)」「目標(数値や状況として達成したいこと)」「具体の実施内容(対象者、実施日時・場所、手法などを含む)」が分かるようにご記入ください。

※記入欄が不足する場合は枠を広げていただいて構いませんが、必ず2頁以内(P2~P3)に収まるようにしてください。

はじめに

 

山村の荒廃は文明の危機である。生物多様性の伝統知に基づくわらび利用文化復興や山村振興研究所などの「文化の庭」を中心とした取り組みを通じて、生産と心的の両面からコミュニテイの高揚と充実をはかり、高齢者の就労確保と未来の担い手である若者を事業継承を通じて育てることによって限界集落を脱し、山の新しい生き方を見出すことにより文明の難題を解決する。

課題

①  わらび採取地拡大パイロット事業   ②「文化の庭」づくり   ③ 山村振興研究所設立

④ わらび縄製作など

 

 

① わらび採取地拡大パイロット事業

[目的] 優良なわらび根を確保するために、林地伐採によりわらび採取地拡大のパイロット事業を行いコミュニテイ活性化のための経済的基盤を整える

[目標]  日和田が日本で唯一、野生のわらび根を採取し天然のわらび粉を生産している生産地である。優良なわらび植生を展開させ高い歩留まりと高品質を恒常的に確保し、保持していくことを目標とする。生業の一つとし若者定着を図る

[実施内容] 林地伐採はパイロット事業として1haの林地で行う。秋の樹林の伐採は切り捨てにする。この伐採の後、春先火入れを行い幼樹を焼き払う。牛を放牧し、牧柵を巡らす。植生はナラ、シラカバ、ダケカンバ、笹、ススキである。若者を含めた高齢者のシルバーボランティアなどを主体に行う。6人工/日/10a、経費は1人工8000円で1ha伐採と、手入れの40人工にかかる経費の総額は80万円であり、作業期間は手入れなどを入れて約1カ月である。これに加えて麓の加工場整備を行う。有用樹の植林を行う。当面はわらび縄の天然染料であるゴバイシやヤシャブシの樹木を植林する。草地と林野の両面から生物多様性を計って草地の経済性を追求し、草地復活させ、わらび粉やわらび縄の生産の増大をはかる。

 

 

②  「文化の庭」づくり

[目的] 山の生き方の価値の再発見の場として、また、コミュニテイ活性化と地域振興の柱となる「文化の庭 」を計画している。各種取り組みに若者参加を呼びかけ高齢者と若者をつなぐ橋渡し役を務める。

[目標] 「文化の庭」は生物多様性で生み出された山利用の文化の価値を結晶化させ展開させる場であり、

山村の人々の営みである日和田の民俗的価値や味覚や美の紹介を通じて山の文化価値を追求し山の新な生き方を探る拠点をめざす。休日に若者や老若男女に参加を呼びかけコミュニテイの広がりと充実を図る

[実施内容]山村振興研究所(既存施設利用)

レストラン(既存施設利用)日和田で生産されたわらび粉や飛騨牛やイワナ、山菜、野菜を調理

博物館(既存施設利用)民具展示、ジオパーク展示

公民館(既存施設利用)コミュニテイの核の拠点の施設である。

 

 

③  山村振興研究所

[目的]山の価値の再発見をもたらすアイデアの源を生み出す場である。学問の力を借り、新たな山村振興の方策を練る。コミュニテイ醸成のための、考察と実施策の実践の場とする。

学問の成果を生かす。

a.生態学   生物多様性の経済性価値の探求からわらび粉と飛騨牛を同時に得ることを目的とする

b.文化生態学   明治期には日本中の山間地で採取されていたわらび粉とわらび縄が重要産物であることがわかり、さらに新しい稀少文化を見つけ出し活用を図る。

a. わらびと牛と人間活動の三角関係の相互連関の理解(牛はわらびを嫌い、競争種を捕食するので、わらびは優先種となりえる。牛にとっては、わらびが増えていくことは厄介であるが人間が定期的に採取という駆除を行いわらびが復元する10年間放牧地を維持できる。)という生態学的つながりが基である。

b. わらび粉が日本の農業の起源であり主食だったであろう歴史上重要食料であったという仮説「わらびの地下茎採取活動からみた縄文中期農耕社会」『民具マンスリー』48(2)2015(杉山是清)と『明治前期産業発達史資料』によりわらび粉とわらび縄の文化的価値の解明が基になっている。

[目標]

a.草地の開発      学問により草地などの山利用の根拠は理解され生物多様性の経済性の研究が始まった。生産力が上がり高齢者の生活水準が上がリ離村も減り、若者も心強くなり定着を求めるようになりコミュニテイを維持する。

b.伝統文化の再評価  希少価値が見出されるようになり社会に受け入れられることをさらに目指す。

取引先を増やす。さらに文化の掘り起こしを行い新たな価値を求めて文化調査を行う。

[実績] わらび縄を宮内庁御用達を確定させた。わらび粉を赤坂虎屋さんの納品にこぎつけようとしている。これを確かなものとする。そのプランの源は山村振興研究所にある。

生物多様性の経済性追求とともに伝統知としての伝統文化の価値の再評価は重要なポイントである。

これらの追求は、かねてから研究所においての自発的な研究と10年間のパイロットプランを実施してきた成果である。

[実施内容] コンセプトの源を深めるため研究所施設を整える。山村振興研究所の施設は既存の30坪くらいのレストランの一部10坪くらいを借りて改修をする。宿泊施設を完備する。自炊も可とする。4畳半二間ほどを改修しシャワー・トイレとお干菓子作りのための厨房を整える。事務所は畳張にし、寝室と兼用にする。布団代わりにソファベット考えている。(既存施設使用)山村の疲弊は全国的課題であるからこの研究所を中心に日和田の問題解決事例や各種情報を集積し、ネットワークにより全国に発信する。若者と共に歩んで行きたい。

 

 

④  わらび縄製作など

[目的] 国宝、皇室財産、文化財の保存を目的に供給を復活させる。教室を開き日和田の人々の大部分の人の参加によりコミュニテイの中核とし、伝統民俗技術を継承することによってコミュニテイを高める

[目標] わらび縄は、桂離宮をはじめ修学院離宮や御所や二条城、の垣結として利用する。若者と共に町の誇りを高めることにつなげ、日和田の宝とする。

[実施内容] 今年の12月、1月、2月、3月の農閑期に村人を集め日和田で生産したわらびの地下茎の繊維を使ってわらび縄のない方を最後の技術伝承者である上嶋さの子さんに習う。

わらび工芸品   新たな価値の創出としてわらび繊維やその他の植物繊維を使った工芸品の製作の教室を先生をお呼びして開く。工芸品製作の技術を定着させ根付かせる。村外の未婚女性を教室に募り嫁候補として村の若者たちと講習会の団欒で語り合い若者の積極参加によりコミュニテイは活性化されるであろう。 工芸品の販売を予定している。

天然わらび粉   日本で唯一、日和田だけが自然状態で育ったわらびから作った天然わらび粉の産地である。赤坂虎屋さんへの納品が決まりそうである。パイロットプランの成功によるわらび粉生産の増大と同時に品質の向上と安定化を図る。

 

わらび縄と天然わらび粉の両産品は、生物多様性に基づいた伝統知である民俗技術によるものであり日和田でしか生産されていない価値である。これを生かし、わらびを高齢者と若者をつなぐ絆として使い、コミュニテイの柱とする。それらの価値が社会に認められ始め、経済性も相まって日和田の誇りとなってコミュニテイ活性化の源泉となり、これを生かして地域振興の柱とし、コミュニテイの内実を深め、経済と心的の両面からコミュニテイに高揚をもたらし、代々受け継がれ日和田の宝となり、山村の新しい生き方を切り拓くだろう。

 

 

 

 

 

 


 

4.期待される成果

持続可能なコミュニティの創造に向けて、助成終了後「1年以内」および「3~5年後」に、本事業を通じて地域やそのステークホルダーに生み出したい成果や変化をご記入ください。なお、記入にあたっては、助成開始前との数値や状況の比較など、成果や変化を測る指標を含めてください。

*助成終了後1年以内

伐採が済み、草地化の第一歩が始まる。植物なので生育に時間がかかるためわらびが発芽するまでに3年~5年、地下茎の採取可能となるまでに3年~7.8年要する。その間毎年火入れをし、残った樹木の伐採、整理を行いパイロットプランの草地の面倒をみる。1年目に伐採作業の給与が支払われ、村人の収入増につながる。高齢者には生産活動によりコミュニテイと文化を支えているという自覚が芽生えてきている。地元の農業をやっている30代の若者が参加する予定である。未婚で現在、ほうれん草、トウモロコシ、蕎麦を親と共に作っている。わらび根掘りが農閑期の作業なので参加を前向きに検討している。初めての経験なので作業だけでなくこのプロジェクトの意義を指導する。

わらび縄は12月、1月、2月、3月に教室を開き、技術伝承者の古老を先生に、村民の希望者を募り、若者も混ぜて研修を行う。先生には謝礼を払い、生徒さんからは授業料を取らない。初年度なので皆不慣れなので各自の進展度合いに応じて個人教授してもらう。また工芸品の製作講習を行う。わらび繊維をはじめとする葡萄蔓やアケビの蔓などを利用した篭の製作技術を根付かせる。初年度なので基礎技術をマスターする。先生を近隣の町から呼び報酬を払う。生徒からは授業料を集める。これらを通じて技術を習得し、日曜に開催して村外の未婚女性の参加を促し嫁候補として未婚若者との団欒で徐々にコミュニテイを醸成していく。

 

パイロットプランを成功させる。伐採と火入れ、牛飼養により草地化に誘導して3〜5年かけてわらび植生を作り出す。わらび植生33㎡あたり50kgの地下茎を採取しわらび粉歩留まり4kgを目指す。わらび粉の年間生産高50kg、売り上げ170万円を安定的に目指す。短期雇用の村人数人の所得を年間10~20万円(一人当たり)増収を図る。一層の品質の向上と安定化を図る。本物の生産の文化の保持に努める。                                  わらび縄は、教室のメンバーとして若者を含めて多くの村人を集め縄を3年~5年かけて毎年10束作りたい。買い上げをする。宮内庁御用達が決まり、6年後の桂離宮本改修に備える。工芸品は各自の進歩具合に応じて、高山や東京のギャラリーで展覧会を開く、根づいた葡萄蔓やアケビの蔓などの工芸品の通販などを行う。山に生きる人々が地元のものを生かし積極的に前向きに生きる姿勢につなげる。高齢者や若者が向かい合う機会が多くなり収入も増すことによって盛大に例祭が賑わい、わらび粉の豊作やわらび縄の技術向上を祈り若者と高齢者交わっていき、コミュニテイの統一感と高揚感が増す。3〜5年後には「文化の庭」の山村振興研究所を稼働させる。研究内容は、⑴わらび粉の安定的生産。⑵わらび粉菓子の企画販売の実践。⑶わらび繊維・各種植物繊維の縄や工芸品の企画、製作、販売の立案と実践。⑷日和田の民具収集。(5)レストランの経営企画、集客企画。(6)山村民俗文化の研究を行う。これらの取り組みに若者を取り込み技術・事業継承を通じてコミュニテイの源である誇りというスピリットを受け継ぎ若者を未来の担い手に育てる。研究所はコミュニテイ醸成の精神的柱として日和田の人々になじみ山に生きる姿勢を新たにする。

 

5.助成終了後の計画

「4.期待される成果」の実現に向けて、助成終了後に本事業をどのように継続や展開していこうと考えているかが分かるように、取り組み内容や実施体制、財源を含めた計画をご記入ください。

<資源・財源計画>わらび粉生産を拡大し取引先を増やす。現在年間50 ㎏のわらび粉の年間収益は30~45万円、わらび縄5万円の収益を計り、「文化の庭」の財源として充当させる。村人には賃金としてわらび根採取で80万円、わらび縄製作手間賃と講師料として50万円ほどが支払われる。ここ数年では、集落内に落ちる経済は年間180万~200万円である。パイロットプランの成功のあかつきには採取地を拡大し需要の拡大を図り旧来の収益も充当する。300kgのわらび粉とわらび縄生産を目指す。わらび縄は国宝、皇室財産、文化財などへの導入を計る。副業から生業となり人口増をもたらす<組織計画>文化国家日本研究所と高根町日和田のNPO法人ワイ・アイ・ケーが主体となる。実施体制は、一般社団法人文化国家日本研究所、飛騨わらびと山村振興研究所がワイ・アイ・ケーの支援を受けて行う。高山市と連携を図る。飛騨わらびがわらび粉生産とわらび縄生産、篭製作技術導入の事業主体となりNPO法人ワイ・アイ・ケーがサポートする。

わらび縄は日本の伝統を取り戻すという意味で垣根や庭の素材として国宝、文化財、個人の庭などに使われ、流通するだろう。工芸品はわらびや植物繊維を利用した技術が根付き、飛騨の匠の心意気により、技術に精通し新しい工芸品を創造し冬の産業として販売され流通するだろう。わらび粉、わらび縄、山の幸、工芸品、お干菓子を研究所の本格稼働により収支を安定化させ山のものに関わるコミュニテイ醸成事業に充当する。レストラン経営は銀座小十の奥田透シェフに監修していただき、日和田の山の幸を使った食材で料理を出す。集客が問題なので、中部名古屋圏を中心にわらび文化の広告を雑誌にうち集客をし、高山に来た観光客を日和田までバスを使って集客する方途を考えだす。レストランプランの実施には十分に時間をかける。

山村の荒廃は文明の危機である。生物多様性に基く伝統知によるわらび文化復興や研究所などの「文化の庭」を中心とした取り組みによりコミュニテイの充実と高揚を図り、高齢者の就労と未来の担い手である若者を育て、限界集落を脱することを計り、山の新しい生き方を見出すことによって文明の難題を解決する。


 

6.活動スケジュール

実施内容に記載された内容に基づき、項目ごとに実施時期をご記入ください。

※活動時期は、横線(記入例:          、         )で表してください。

【1年目】2020年4月~2021年3月

  4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3
わらび粉

採取地手入れ

 

伐採

 

わらび縄

 

 

工芸品

 

研究所活動

 

お干菓子作り

 

山菜、山の幸販売

 

研究所の改修・修繕

 
 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

【2年目】2021年4月~2022年3月

実施項目 2021 2022
4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3
わらび粉

 

採取地手入れ

 

伐採

 

わらび縄

 

工芸品

 

研究所活動

 

お干菓子作り

 

山菜・山の幸販売

 

研究所の改修・修繕

 

 

 

 

 


 

7.実施体制

(1)実施メンバー/組織

本事業の実施体制をメンバー(個人)と組織に分けてご記入ください。

※本助成金における「人件費」および「謝金」の対象が分かるよう、対象者/団体には◎(二重丸印)を付けてください。

氏名 年齢

(「○○代」も可)

所属・役職 プロジェクトにおける役割
杉山是清 60代 一般社団法人文化国家日本研究所代表理事 統括、会計
池谷和信 60代 国立民族学博物館教授 顧問
中田直太郎 60代 NPO法人ワイ・アイ・ケー理事長 副統括
小坂守 60代 NPO法人ワイ・アイ・ケー副理事長 参与
上田榮勇 60代 NPO法人ワイ・アイ・ケー副理事長 参与
中島兼一 60代 飛騨わらび わらび粉技術指導   ◎
上嶋さの子 80代 飛騨わらび わらび縄技術指導    ◎  
増田智徳 30代 農業、日和田在住 わらび粉・わらび縄技術員   ◎
中田英太郎 30代 中田土建、日和田在住 わらび粉・わらび縄研修
中嶋友和 40代 小坂建設、日和田在住 わらび粉・わらび縄研修
団体名 プロジェクトにおける役割
一般社団法人文化国家日本研究所、山村振興研究所 研究、教育、実務
一般社団法人文化国家日本研究所、飛騨わらび 研究、販売
特定非営利団体NPO法人ワイ・アイ・ケー 協力

 

(2)主な実施メンバー/組織の活動実績

本事業で中心的な役割を担うメンバー/組織(3者以内)が、対象となる地域や本事業の内容に関連した取り組みでどのような活動実績があるかについてご記入ください。

氏名または団体名 活動実績
杉山是清

一般社団法人文化国家日本研究所

大学、大学院時代に宮本常一先生、川喜田二郎先生の指導、薫陶を得て、安家プロジェクト岩手県岩泉町安家、北上プロジェクト岩手県遠野市附馬牛町の調査を行なった。いずれも山村活性化のための調査であり、また、1987年90日間をかけ原付に乗り3500kmを走破して西日本の山村においてわらび粉生産と山村生活調査を行っている。飛騨地方のわらび粉調査は、1982年から5年に渡り調査を行ない、1990年度第4回日本民具学会研究奨励賞受賞「ワラビの地下茎採取活動」(『民具マンスリー』第22巻7・8・9号、1989所収)、「わらびの地下茎採取活動からみた縄文中期農耕社会」『民具マンスリー』48(2)2015、日本における農業の起源を示唆する貴重な民俗であることが判明した。これらを土台に自発的に10年来山村の価値向上のため日和田や社会で活動している。今年、文化国家日本研究所ではわらび縄の宮内庁御用達が確定した。今年、明治安田クオリテイオブライフ文化財団より助成金を賜った。今年、NHK『日本の里山』に日和田のわらび堀が放映された。今年ノーベル平和賞にノミネートされた
中田直太郎NPO法人ワイ・アイ・ケー理事長  NPO法人創設から現在に至るまで代表として日和田地区の地域活性化に尽力し、蕎麦栽培に力を入れ、蕎麦で村おこしを図り経理から営業まで担当している。

 

 

 

特定非営利活動法人NPO法人ワイ・アイ・ケー 日和田地区の地域振興のため2009年に設立され、蕎麦生産販売と文化財保存のために石仏の会の活動や都市連携として岐阜県柳ヶ瀬との交流を行なっている。

 


 

(3)ステークホルダーの関係図

本事業のステークホルダー(実施メンバー/組織、住民やプロジェクトの協力者/組織・機関など)について、それぞれの役割や関わり方が分かるような関係図(イラストや相関図など)をご記入ください。

 

 

 

高山市バックアップ

明治安田生命

        統括

特定非営利団体NPO法人ワイ・アイ・ケー

一般社団法人文化国家日本研究所

代表理事 杉山是清 ワイ・アイ・ケー副理事長

飛騨わらび  わらび粉、わらび縄生産、文化財保存

山村振興研究所  問題解決型シンクタンク

 

 

 

 

 

 

 

わらび縄教室  技術継承

工芸品教室  わらび繊維をはじめとする工芸品技術習得

文化の庭  博物館企画、レストラン企画

望嶽の菴蕎麦食堂、わらび餅とお干菓子製作販売

 

12. プロ


 

8.実施予算   ※必要に応じてページ数を増やしていただいて構いません。

(1)実施予算の内訳(2年分)

末尾の「<表>助成金費目一覧」および以下の事項に従い、2年分の予算を一括でご記入ください。

①「内訳」は、積算根拠が分かるように「内容」や「単価×数量」などを具体的にご記入ください。

②「応募金額」は、各費目および合計金額の何れも、必ず1万円未満切り捨てでご記入ください。

(単位:万円)

費目 内訳 応募金額 他財源での充当額
1)人件費 伐採480,000 8000×6人×10日  手入れ40人工320,000

山村振興研究所100,000

900,000  
2)借料・水道光熱費 研究所賃料240,000 10,000×24ヶ月

研究所光熱費120,000 5,000×24ヶ月

360,000  
3)謝金 わらび縄講師料240,000 15,000×12回

わらび工芸品180,000 30,000×6回、 レストラン研修100,000

460,000  
4)委託費 HP制作費800,000 800,000  
5)旅費 新宿ー高山182,000 6,500×2×14回     東京ー名古屋-高山222,880  13930×2×8

宿泊費225000 4500×50泊

620,000  
6)通信・運搬費 バックホー運搬10000×4   インターネット NTT  OCN

3,000×24

110,000  
7)機械・器具・備品費 チェーンソー480,000 160,000×3、電気工事 、厨房工事費、  水回り工事費(トイレ、シャワー) 1,500,000

椅子、テーブル、本棚150,000、小屋掛け400,000 中古プレハブ350,000、乾燥所整備400,000、レストラン300,000博物館(民具収集準備)100,000、牧柵200,000

4,330,000  
8)消耗品費 パソコン・プリンター180,000

ソフトウエアー  コピー用紙  20,000

200,000  
9)会議費      
10)印刷・製本費 広告費、デザイン料700,000   代理店  100,000 800,000  
11)その他諸経費   ガソリン100,000

保険200,000

300,000  
合計金額 8,880,000  

 

(2)プロジェクトの実施総額と財源の内訳

プロジェクトの実施総額をご記入いただき、本助成金以外で充当する財源がある場合は、資金計画の内訳をご記入ください。

プロジェクト実施総額 8,880,000

(本助成金以外で充当する財源〔他の助成金・補助金、融資、寄付金・会費、事業収入など〕の内訳)

財源の種類 使途(対象費目および内容) 金額(万円)
明治安田クオリテイオブライフ文化財団 地域の伝統文化分野への助成金 教室講師料、わらび粉加工機械製作費、材料費、手間賃 39
高山市文化振興事業支援補助金 教室講師料、材料費、交通費 17
     
   

 

国土の70%は山間地である。この有効利用が日本の命運を左右する。対象地である岐阜県高山市高根町日和田地区は隔絶山村であり、人口は200人弱の限界集落である。古くからのわらび粉生産の伝統産業もすたれ、文化だけでなくコミュニティも衰退しつつある。

本事業は、過去において貴重な現金収入源であり、重要民俗であったわらび粉とわらび縄の復活を中心に、牧野という山地利用の一形態を追及し、そこに展開される文化の価値と生産の価値の両者を合わせ持った高収入源の特産品を、町民の所得向上と山村文化問題の解決をはかる目的で、都市が望む本物を生む山村という新しい価値を創出することにより、山村と都市の本物欠如の脆弱性の打破につなげ、山間地の有効利用の施策の策定を目的とする。

 

日和田地区は日本全国の山村と同様に人口減と高齢化によって限界集落になっている。産業は、土地が狭小であり標高1300m前後で稲作は困難である。そのため、収入源は限られ、畑作では狭小な土地で飛騨ホウレンソウ、高根コーンの高冷地野菜と稗や火畑蕎麦などの雑穀を生産している。その中にあって、日和田地区では1000年の歴史ある放牧地で展開されていた日本の農耕の起源を示唆するわらび粉生産が細々と継承されている。わらび粉は昭和時代は高価に取り引きされてきたが今はすたれてしまい、復活を試みているところである。わらび粉生産を高冷地野菜栽培とともに主産業にするもくろみである。一般には本物のわらび粉生産がなくなり、純粋なわらび粉が使用されていない、まがい物が広くでまわり、わらび粉を使用した食文化が失われている。そのような中で一部の高級料理店や和菓子店では本物のわらび粉を使用した料理などが提供され食文化の復活が図られてきている。食材としての本物のわらび粉が求められているが、提供できる生産者は極めて少ない。飛騨のわらび粉は本物生産をめざして、伝統的な本物のわらび粉の生産の文化(技法や工程、栽培方法)を復活し、安定供給をはかる。

また、古くから御所や二条城、修学院離宮の垣縄として利用されてきたわらび縄は、全国の山村で生産されていたがすたれ、文化財の修復に困難をきたしている。わらび縄の供給を増やさなければならない。わらび縄の製縄術は日和田が日本最後の伝承地である。これを継承し、利用を促進することにより収益となる。また、わらび糊にも利用され国宝の古い日本画の修復などにも使われる。国の宝である文化財保護につながり町民の誇りとなり、山村の山地の有効利用につなげ全国の山村振興を促進する。

 

山村の荒廃は文明の危機である。文明の興亡は山利用とのバランスにかかっている。その復活は、わらび粉にみられるように、文化の探究から生み出される本物の価値を広く普及させることであり、学問の社会化と新しい価値を生み出すことにある。山村と都市の結びつきのなかで、本物の価値欠如による脆弱性を打破し、文化の探求による、本物の産出という山村の新しい価値を生み出すことは、両者の相互依存を密にし、そのことは、 脆弱な、都市文明と山村になっていくなかにあって、山村と都市の両者を同時に成り立たせる方策となる。本物の価値の追求は山村と都市の重大課題である。このままでは山村が見捨てられ都市も衰退する。学問による文化の多様性の追求が山村という新しい価値を生みだし、それが、都市を支え文明を生み育てるという観点に立ち、文明の難題を解決する。

 

文化国家日本研究所、

山村振興研究所、

飛騨わらび      杉山是清

 

飴色の天然わらび餅 -「飛騨わらび」100%-

「飛騨わらび」のわらび粉を100%使った天然のわらび餅を味わうことができま

天然は【飴色】をしています。

貴重な日本蜜蜂の蜂蜜をつけていただきます。
「望嶽の菴」https://bogakunoiori.shopinfo.jp/